「第三回酒折連歌賞」
総評
問いの片歌 1 つかのまに吹きぬける風ページをめくり
(もりまりこ)
今回も前回を上回るたくさんの応募作品と出会うことができましたことをこころよりうれしく思います。
問いの片歌をじぶんのなかの問いかけとして見立てながら、
作者自身の経験と共に詠まれた句の数々はとても力強い表現に裏打ちされていてとても心に残りました。
それぞれの句にふれながら、伝えたい思いの強さが響いてくるものは詠むもののこころにまっすぐに
届いてくることを、 あらためて実感しています。
応募者の年齢層にも多彩なひろがりがあり、 ハガキやファックスなどに加えてeメールなどの
応募原稿に多彩な表現が見受けられたことも、 興味深く読ませていただきました。
友人同士でのコミュニケーションツールとしての携帯電話やパソコンを通しての
メールの軽やかな十九文字のことばの数々がとりわけ印象的でした。
いま伝えたいことを片歌につなげて友人へ届けるような速度を携えたことばと、
「酒折連歌」の時間の推積を感じさせる文芸形式との融合は、
あたらしい扉を開いたような新鮮なおどろきがありました。
次回もふと立ち止まってみたくなるそんな今のことばに託されたすばらしい作品と出会えますこと、期待しております。
問いの片歌 2 青空になげあげられた花束ひとつ
(深沢眞二)
この「問いの片歌」は、連句の用語でいえば「恋の呼び出し」です。
これに答えるのなら、恋愛を詠んだ句がよく釣り合うだろうと期待していました。
いちばん多かったのはやはり結婚式のブーケ・トスの場面です。
でも、『次は私が受け取って幸せになる』式の、ありがちな発想から一歩も出ない答えは、
残念ながら無個性に埋没していたと言えます。
ブーケ・トスを題材とするなら、よほど斬新な切り口が必要だったのではないでしょうか。
花束を投げるシーンは結婚式だけには限りません。
同じく恋の句でも、告白のシーン。卒業式などのセレモニーの場面
。
それから、死者を弔う花束。予想外の状況で、小道具としての花束がいきいきと使われている句には、
はっとさせられました。また、花束を何かの比喩として、あるいは象徴として使った句も、
それが「青空になげあげられた」という設定にぴたりとはまっていれば、選ぶようにしました。
ただ、ニューヨークの高層ビルが爆発するさまから花束を連想した句がいくつかありましたが、
事件の映像を空の花束に喩えることのむごさを感じて、積極的には選べませんでした。
あの事件を答えに取り上げるなら、よほど繊細な表現が必要だったろうと思います。
問いの片歌 3 ささやかな願いをこめてうらなう未来
(両角倉一)
私の好みに合った句として上位になったのは女性の作品が多かった
(上位十五句中、女性の作が十一句。特に、大賞候補は三句とも女性、佳作候補も五句の内、四句までが女性である。)
女性の多くが持つ感性の豊かさと美しい映像表現にひかれたのであろうか。
また、第一回、第二回に引き続いて、今回も高校生や中学生の健闘が目立ち、
今回は新たに小学生の佳句も目に付いた。成人の多くが短歌や俳句の形態からの頭の切り替えに戸惑う傾向がある中で、
古くて新しいこの片歌唱和(酒折連歌)の形態に若い人たちが素直に順応しているように思われる。
問いの片歌 4 ふと覚める遠い記憶に海山のこえ
(廣瀬直人)
答えの片歌は変化に富んでいて、楽しく選の時間を過ごすことができました。
問答の距離は離れすぎず、近寄りすぎず、ほどほどの間を持たせること、
つまり、述べて説明する表現を抑えるところに成否のポイントがあります。
次回はこんな点への留意が大切です。
大賞・佳作選評
大 賞
(問いの片歌
2 青空になげあげられた花束ひとつ)
恋人とシャガール色の空を旅して
井須はるよ
【評】濃密な青い空間にひとや馬車や街角のさまざまなものが浮かんでいる、
シャガールの描いた幻想のイメージがたいへんうまく生かされている答えの句です。
「花束」は抱き合う恋人たちの比喩となっています。
それは二人でありながら「ひとつ」である、と、
問いの中の言葉が付け合いのうえで効果を発揮しています。
佳 作
(問いの片歌 1 つかのまに吹き抜ける風ページをめくり)
若き日の日記とだえし空白を読む
藤なおみ
【評】「日記とだえし空白」は自分だけが知っているあの日の自分の心を暗示して含蓄が深い。
問いの句の「吹き抜ける風」は実景でもよいが、
心の中を吹きぬけた一陣の風の比喩と取り成した表現とすれば、更に詩的な唱和連歌として鑑賞できる。
(問いの片歌 2 青空になげあげられた花束ひとつ)
託された思いを空へ翔けるペガサス
宮坂翔子
【評】問いの「花束」から神話のペガサスへ大きく想像を広げたみずみずしい情感を詠っています。
この「託された思い」は読む人をそれぞれの胸中から引き出されてくることでしょう。
(問いの片歌 4 ふと覚める遠い記憶に海山のこえ)
ふりかへる面輪幼き夏帽の父 取兜甲児
【評】デジャ・ビュのように懐かしい瞬間。時間のわくを越えて旅するように振り返ると、
幼い頃の父親がそこにいる。まるで、昔いっしょに遊んでいた友達のように、
夏の太陽の日差しをうけて立つひとりの少年。そんな郷愁にも似たワンシーンが魅力的です。
時計をどれだけさかさまに動かせば、彼と会えるのだろう。
そんな父への情愛が惜しみなく巡る描写です。
特別賞選評・総評
アルテア賞最優秀
(問いの片歌
1 つかのまに吹きぬける風ページをめくり)
かなしみの裏まで空のピアノが響く
萩原朝子
【評】いたずらな風がめくるページに綴られたことばを越えてゆくように、
心象風景が空へと昇華する一コマ。
視線が下から上へと垂直に移動するその形は視覚的にも鮮やかな一句です。
かなしみを一層つもらせてゆきながら、<ピアノ>がもたらす聴覚をくすぐる巧みな演出が、
問いの片歌とつながることで透き通った表情へと変化する、映像的な魅力に溢れています。
アルテア賞
(問いの片歌 1 つかのまに吹きぬける風ページをめくり
北欧の白夜も暗く忍び寄る冬
キヌコ・エガース
【評】問いの片歌のイメージを自由な言葉の翼でむすんだ、作者の日常が垣間見られるような表現にひかれました。
どこから生まれどこへ向かって行くのかその行方知れずの風が、
駆け抜けるように読者を白夜の世界にいざなう新鮮な展開に注目しました。
表現された美しさの裏側に潜む北欧に暮らす人々の季節の感じ方そして自然の厳しさまでもが伝わってくるようです。
(問いの片歌 1 つかのまに吹きぬける風ページをめくり)
振り向けば君の言葉が栞となりぬ
成田實
【評】待つという時間を傍らの本とともにすごしていた彼は大切な人の呼びかけによって、
ページをやさしく閉じてゆく。そんなシーンが思い起こされる、しあわせな表情をもった作品です。
目に見えない<風>と栞をかたちあるものでなく恋人のなにげない言葉と見立てたことの対比が、
いつまでもこころのなかにかたちあるものとして残る巧みな表現が素敵です。
(問いの片歌 1 つかのまに吹きぬける風ページをめくり)
小さき手はなれた風船空が吸いこむ
宮川治佳
【評】なくさないようにその小さな手でしっかり握られていた風船がつかのまの風によって、
大空へとすいこまれれてゆく。そんな瞬間の出来事をリズミカルにとらえた、
すなおな描写が伝わってくる一句です。<つかのま>を象徴するかのよう配された風船の動くさまのスピード感だけでなく、
読者が自由な色を添えながら鑑賞できるコントラストの妙が見事です。
アルテア賞
(問いの片歌 2 青空になげあげられた花束ひとつ)
託された思いを空へ翔けるペガサス
宮坂翔子
【評】届けたい思いを勇気を携えながら空を翔るペガサスが、青空をキャンパスに描かれています。
瞬間のイメージがいつまでも残像として、輪郭も鮮明に読者のこころに刺さってくるような、
力強さも感じさせてくれます。
若い高校生の作品ですが、お名前に託された思いまでもをかみしめながらつくられたそのあたたかな気持ちに、
ゆたかな趣を感じました。
(問いの片歌 2 青空になげあげられた花束ひとつ)
レンズから君の笑顔が言葉を越える
山口尚哉
【評】しあわせな香りが漂う場所を舞台にしたまっすぐな表現が印象的です。
カメラのファインダーをのぞく視点から詠ったそのやさしさにこころ打たれます。
言葉にならない思いの<笑顔>は、ときには言葉よりもたくさんのことを伝えてくることがあることをあらためて気づかせてくれる、
まるで一枚の写真のようなストレートな描写が魅力です。
(問いの片歌 3 ささやかな願いをこめてうらなう未来)
目をつむり次の花火のひらききるまで
望月佐也佳
【評】夜空にいま咲いたばかりの花火をみあげるたびに、
いつまでもその映像をとどめておきたくて、そこにある時をすこしでもひきのばすかのように、
ふと目をつむってみる。いま立っている場所からのびてゆく<未来>とそんな時間の芸術<花火>が呼応しあう、
刹那と距離感がじぶんの背丈を越えて一直線上にならんだ描写に、不思議な魅力を感じます。
(問いの片歌 3 ささやかな願いをこめてうらなう未来)
巣ごもりて卵抱く鳩の遠きまなざし
西永耕
【評】自然を生きる鳩のまなざしがどこか遠くを見ている。
からだの内側にはたいせつな卵を抱きながら。問いの片歌、<うらなう未来>にそんな母鳩の姿を重ねた作者のやさしい視点が、
おだやかなバランスで表現されています。
静止しているような画面の中にこれからはじまる未来の時間がこぼれそうにはらんでいるとても詩情に満ちた作品です。
(問いの片歌 4 ふと覚める遠い記憶に海山のこえ)
失われ毀れゆくものかくも優しき
水井秀雄
【評】遥か記憶を溯るように思いを手繰り寄せてみる一瞬。
問いの片歌の静かなたたずまいにやさしく寄り添う付合いが読者の胸に染みてくる表情が印象的です。
そんなこころの中を駆け巡るのはいつも、ここにいない人やものたちであることが、
なにげないことばのつらなりで表現されています。だれもの共通体験として描かれた共感が切なく伝わってくるようです。
アルテア賞
(問いの片歌 4 ふと覚める遠い記憶に海山のこえ)
聞こえてるセピアに染まる木々のざわめき
鈴木敏充
【評】<木々のざわめき>が、聞こえている今ここではないどこかの時間に思いを馳せるように
<セピア>で表現した作者の視点が鮮やかな一句です。いつまでもこころに残っている心象風景が、
アルバムのように大切にしまわれている瞬間。
映像的でありながら聴覚を刺激する仕掛けにふと立ち止まってみたくなるそんな発見を感じました。
総 評
今踏みしめている場所を軸とした、過去や現在や未来の時間への飛躍。
そんなさまざまな
たたずまいの時の流れを感じるたくさんの作品に出会えたことほんとうにこころよりうれしく思います。
今回「アルテア賞」では片歌のかたちにつらなる思いが、机上を越えた作者の体温を感じることばで
描かれた十句を選ばせていただきました。
ときには静かにまたときにはゆるぎない強さにこめられたその表情は多彩
で、 前回にもまして
のびやかな表現が多数みうけられたことがとても印象的でした。
限られた字数の中にありながらことばのなかに閉じ込められるのではなく、イマジネーションの
翼がむすばれて描かれることばのひろがり―それは時間の芸術を感じる貴重な体験でもありました。
作者の方々のこころの宇宙観にふれたようなすばらしい作品に次回もであえますことをたのしみにしております。