(大賞)今野寿美先生(選評)
問いの片歌 二 近道を知っているからこそ走り出す
もうおそいいやおそくない八十三歳 佐藤八重子 八三歳 女性
作者の佐藤八重子さんは実際に八十三歳とのこと、この年齢が作品の迫力に大いに貢献しています。若い世代の清新さももちろん魅力ですが、この堂々たる押し出しが、今回は断然ひきたっていました。おのずと人生を思う流れです。はやる心に対して、一瞬ひるみながら、すぐに言葉を継いでそのためらいを確信的に打ち消してみせる。この転換が鮮やかに訴えます。人生いつでも昂然たる意識を保つべきですね。教えられる思いを抱きながら、問いの片歌に間髪を入れず返してくださったような息づかいさえ感じて、喜びを覚えました。
(佳作)もりまりこ先生(選評)
問いの片歌 二 近道を知っているからこそ走り出す
跳びこえた小川も空と同じ夕焼け 遠山久美子 六十歳 女性
大地を叩くような躍動感、弾むような足音の聞こえてきそうな問いの片歌です。疾走感を放つ問いかけを受けて、答えの片歌は、そこに流れていた時の速度をゆるめてみせる、工夫に満ちた世界を提示してくれています。小川を飛びこえた瞬間、ふと目に映る夕焼けの色。鮮やかな色に視線を奪われながらも、足下ばかりみていたことに気づいて、空をみあげる。視点が足下からすこしずつ空へとぬけてゆく時間が描かれています。緩急のリズムが生まれることで、立ち止まりたくなる一瞬をいざなっています。
(佳作)三枝?之先生(選評)
問いの片歌 三 目を閉じてあの夏の日のひかりを歩む
メルカトル図法と恋を知った教室 大和田百合子 三十四歳 女性
地図のメルカトル図法を学ぶのは小学校高学年でしょうか。夏期講習などでそれを学んだ夏をここでは振り返っています。単に地図の図法を学んだというのではなく、メルカトル図法と一歩具体的にしたところがまず評価できます。しかしそれだけでは「あの夏」という特別の夏にはもう一つなりにくい。そこに恋が加わったところが大切ですね。勉強だけでなく、また恋だけでもない。恋と勉強がワンセットになったところに、まばゆくて遠い、そしてかけがえのない「あの夏」が浮かび上がりました。
(佳作) 広瀬直人先生(選評)
問いの片歌 四 ふるさとに集まっている山を数えて
閉校の朝礼台に爪立つ素足 藤倉清光 七十四歳 男性
長い間故郷を離れた人の感慨でしょうか。いつからか閉校になってしまった母校に行ってみますと、「朝礼台」がまだ残っていました。思わず台に上ってなつかしい八方の昔のままの山々の姿を眺めて時を過しているのです。表現のポイントは「爪立つ素足」にあります。「素足」になってしかも爪立っている姿からはあの山この山に寄せる心が見えてきます。感情的な言葉は使わずにあくまでも具体的な動作で表したところに短い表現のあるべき方向が示されているようです。来年へ向けてさらに御精進を。
(アルテア賞 最優秀賞) もりまりこ先生(選評)
問いの片歌 一 海のうえ鏡のように月がうつって
ぼくはまだ潜り続ける記憶の海を 石川直樹 十六歳 男性 早稲田大学高等学院
眼前に広がる海と対峙している時。その海が外側にあるものとして捉えるのではなくじぶんの内側、中にあるものとして、受け止めているおおらかな世界観に強くひかれました。海のうえに鏡のようにうつる月と、かつてのじぶんが体感した記憶。そこにあるかもしれないのにふれられない輪郭の似ている風景が、呼応するように問いと答えの片歌の中に表現されています。「記憶」が「海」とひとつになることで生まれる前の記憶としても読み取れる、未知の可能性を感じる詩情あふれる作品です。 |