第十一回酒折連歌賞 総評


問いの片歌 一  海のうえ鏡のように月がうつって  もりまりこ先生

 そこにあることはわかっているのに、手をのばせば届きそうなのにこの指にふれることのできないもどかしさ。今回の十一回目の問いの片歌は、輪郭のあやふやなままならない情景を問いかけてみました。
 世界天文年でもあった2009年は、日食などの天体ショー、若田光一さんが宇宙に長期滞在されたりと、天体に関するめざましい出来事が重なったこともあって、答えの中には月に思いを馳せる歌も多く寄せられていました。
 答えの片歌のキーワードのようなものがあるとしたら「こころをうつす」という言葉がいちばんふさわしかったような印象を受けました。水面のゆらめきのように、若い方の作品にはそのゆらぎがそのまま言葉になっているものも多く見受けられました。迷いやためらいや後悔などがそのまま十九音の中で呼吸している感じが、かえって断定された世界よりもリアルに感じられて、新鮮でした。
 アルテア賞の最優秀賞の「ぼくはまだ潜り続ける記憶の海を」では対象と対峙するのではなく自らの内なるものとの対話がすばらしい作品です。また十一歳の「その海はぼくのこころにしまっておこう」は、比喩という飛躍ではなく、答えの中にまだみつからない問いを抱きしめているような片歌の可能性を感じる希望にみちた作品でした。
 すぐに消えてしまうようなりんかくを持った問いかけにも、力づよい意思のりんかくを持った答えの片歌に出会えたことをとてもうれしく思います。次回も楽しみにしています。


問いの片歌 二  近道を知っているからこそ走り出す  今野寿美先生
   
 日頃は短歌五七五七七を選び出す作業にいそしんでいます。片歌は五七七ですから、その選をする際に目で追う時間は、単純にいって短歌ほどかからないことになります。確かにその意味の実感はありました。ただ、短歌でも片歌でも、作品を目にして瞬間的に心が捉えられ、改めてとっくりと読むという出会いのうえに選び出すことには変わりがありません。一首一首を見る作業も一句一句を見る作業も、一瞬の出会いのためにあって、その段階での時間の差は、おそらくそうはないのでしょう。逆にいいますと、一首の短歌でも一句の片歌でも、こちらの心をふっと捉える表現に出会いたい、そんな表現の見える作品をつよく推したい、ということではないかと思います。
酒折連歌賞は主催の実行委員会のご尽力で応募の数が桁はずれに多く、それだけ期待もふくらみます。今回、わたしの提示した片歌には「近道」という、どんな人生のどんな状況、どんな場面でも思いが傾きそうな一語を据えてみました。自分の目標であれ、これから行こうとしている場所であれ、近道があるのであれば、ぜひそちらを選びたくなるのが心情ですね。そして目指すところに早く着けるとなれば急ぐ必要はなく、ゆっくりと歩みを進めればいいはずなのに、少しでも早くという心理が作用するのか、走り出したりしているのです。近道を知るというのは、心がはやるからこそなので、なお勇み立つのかもしれません。そんな不思議さを思い返してみました。入賞・入選作品は応じ方も多彩、読み応えがあります。問いと応えの妙味を楽しみました。


問いの片歌 三  目を閉じてあの夏の日のひかりを歩む  三枝?之先生

 あなたの「あの夏」はどんな夏ですか。これが今回の私の問いの片歌でした。
 移ろいつつまためぐりくる四季は詩歌の中では大切な主題です。古今集や新古今集など古典和歌が四季の部立てからはじまっていることを思い出しましょう。四季のどの季節もおもむき深いものですが、その中で夏は「あの夏」という、振り返る季節として多くのすぐれた詩歌を残しています。夏休みなどの体験が日常生活を離れた貴重な思い出を残すからでしょう。
 さて、答の片歌約一万句。さまざまな「あの夏」が寄せられました。幼い頃のかけがえのない「あの夏」、君との恋にときめいた青春の「あの夏」、夏期講習や夏の大会に全力を挙げた中高時代の「あの夏」。日本の夏は敗戦の夏でもありますから、神奈川県の阿部浩さんの「時空まで溶かした核を忘れぬために」のような「あの夏」も大切な答として心に残りました。
 若い人と人生のベテランが同じ問いに答えながら競うところに酒折連歌のおもしろさがあります。来年もさまざまに魅力的な答の片歌を寄せてください。


問いの片歌 四  ふるさとに集まっている山を数えて  廣瀬直人先生

 十一回を迎えてすっかり定着したという印象を深くしています。とにかく私の出した問いの片歌から、ただ数の多さだけでなく一人一人の個性の見えるさまざまの答えが返されてくるのは単純な喜びだけでない大きな感動を呼び起こしてくれます。私は少しばかり年月をかけて俳句について学んだり、また自分でも作ったりしてきましたが、勿論これがすべてだとは言いませんが、このわずか十七字の文芸を支えてきたものは、志を持って同じ座に集まってきた人たちの交響の世界の積み重ねがあったからではないかと思っています。もっとくだいて言えば日常の挨拶を交わす心のつながりではないかとも思っています。連歌もそうですが、短歌にしろ俳句にしろ、こんなささやかな表現が多くの人の共感を得るのは何という不思議さと言うほかありません。
 ところで、こちらの挨拶が相手に通じて返事をしなければならない気持ちを起こさせるのは何と言っても日常の当たり前の心を当たり前の言葉で問いかけることが必要かと思っています。と同時に返答もまた同じことが要求されます。何事もないように見えながら両者をつなぐ距離感、つまり読む人にあれっと思わせながら引きつけていく表現が大事ではないかと考えています。つまり問答が一度離れてまた元へ戻っていくつながりの魅力です。
 十年を超える歳月は、おのずからこの呼吸が身についてきたのではないでしょうか。

 

 
第十一回酒折連歌賞 選評

(大賞)今野寿美先生(選評)

問いの片歌 二 近道を知っているからこそ走り出す

もうおそいいやおそくない八十三歳   佐藤八重子 八三歳  女性  

 作者の佐藤八重子さんは実際に八十三歳とのこと、この年齢が作品の迫力に大いに貢献しています。若い世代の清新さももちろん魅力ですが、この堂々たる押し出しが、今回は断然ひきたっていました。おのずと人生を思う流れです。はやる心に対して、一瞬ひるみながら、すぐに言葉を継いでそのためらいを確信的に打ち消してみせる。この転換が鮮やかに訴えます。人生いつでも昂然たる意識を保つべきですね。教えられる思いを抱きながら、問いの片歌に間髪を入れず返してくださったような息づかいさえ感じて、喜びを覚えました。


(佳作)もりまりこ先生(選評)

問いの片歌 二 近道を知っているからこそ走り出す

跳びこえた小川も空と同じ夕焼け   遠山久美子  六十歳  女性

 大地を叩くような躍動感、弾むような足音の聞こえてきそうな問いの片歌です。疾走感を放つ問いかけを受けて、答えの片歌は、そこに流れていた時の速度をゆるめてみせる、工夫に満ちた世界を提示してくれています。小川を飛びこえた瞬間、ふと目に映る夕焼けの色。鮮やかな色に視線を奪われながらも、足下ばかりみていたことに気づいて、空をみあげる。視点が足下からすこしずつ空へとぬけてゆく時間が描かれています。緩急のリズムが生まれることで、立ち止まりたくなる一瞬をいざなっています。


(佳作)三枝?之先生(選評)

問いの片歌 三 目を閉じてあの夏の日のひかりを歩む

メルカトル図法と恋を知った教室   大和田百合子  三十四歳  女性

 地図のメルカトル図法を学ぶのは小学校高学年でしょうか。夏期講習などでそれを学んだ夏をここでは振り返っています。単に地図の図法を学んだというのではなく、メルカトル図法と一歩具体的にしたところがまず評価できます。しかしそれだけでは「あの夏」という特別の夏にはもう一つなりにくい。そこに恋が加わったところが大切ですね。勉強だけでなく、また恋だけでもない。恋と勉強がワンセットになったところに、まばゆくて遠い、そしてかけがえのない「あの夏」が浮かび上がりました。


(佳作)          広瀬直人先生(選評)

問いの片歌 四 ふるさとに集まっている山を数えて

閉校の朝礼台に爪立つ素足   藤倉清光  七十四歳  男性

 長い間故郷を離れた人の感慨でしょうか。いつからか閉校になってしまった母校に行ってみますと、「朝礼台」がまだ残っていました。思わず台に上ってなつかしい八方の昔のままの山々の姿を眺めて時を過しているのです。表現のポイントは「爪立つ素足」にあります。「素足」になってしかも爪立っている姿からはあの山この山に寄せる心が見えてきます。感情的な言葉は使わずにあくまでも具体的な動作で表したところに短い表現のあるべき方向が示されているようです。来年へ向けてさらに御精進を。


(アルテア賞 最優秀賞)   もりまりこ先生(選評)

問いの片歌 一 海のうえ鏡のように月がうつって

ぼくはまだ潜り続ける記憶の海を   石川直樹  十六歳  男性  早稲田大学高等学院

 眼前に広がる海と対峙している時。その海が外側にあるものとして捉えるのではなくじぶんの内側、中にあるものとして、受け止めているおおらかな世界観に強くひかれました。海のうえに鏡のようにうつる月と、かつてのじぶんが体感した記憶。そこにあるかもしれないのにふれられない輪郭の似ている風景が、呼応するように問いと答えの片歌の中に表現されています。「記憶」が「海」とひとつになることで生まれる前の記憶としても読み取れる、未知の可能性を感じる詩情あふれる作品です。



 
     
 

 

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