(大賞・文部科学大臣賞) もりまりこ 先生 (選評)
問いの片歌 一 いっぴきの蟻がちくたく木の葉を運ぶ もりまりこ 先生
ファーブルを夢見たころの時間のながさ 水谷あづさ 四十五歳 女性
時間のすきまに入り込んでしまったかのように思える時が、日々の中でふと訪れることがあります。いつもは気にかけていなかったのに、思いがけない一瞬を垣間みて、自分の過去を振り返りたくなる、誰にも訪れるそんな時間がこの作品の中には内包されているようです。木の葉を運んでいる蟻の姿を見ている現在から、見ている大人の作者が、蟻の視点を経て、たちまち地面すれすれにしゃがんでいる子供時代にもどってしまったかのような振幅のある世界観です。蟻と子供と大人が巡る片歌の環の中で、遥かな時間が隣り合うように描かれています。
(山梨県知事賞) 宇多喜代子 先生 (選評)
問いの片歌 二 山好きも海好きもいてこの島が好き 廣瀬直人 先生
国境はとうに消えてる私のなかで 坂内敦子 七十六歳 女性
今回の問いの片歌は、廣瀬直人先生出題の「好き」が三つ入った楽しくてリズミカルな歌でした。廣瀬先生の意図は「この島」に住んでいる多くの人は、それぞれに異なった意見や好みを持っているけれど、みなこの「この島」が好きなのだというところにあったと思います。「この島」がどこだという限定はないのですが、海山に恵まれた日本という島国でもいい。坂内さんの歌は、いつの世にもかまびすしい国境云々とはうらはらに、超越した気持ちをサラリと表現した大きな作品です。自分にとって大事なのは国境よりは人間なんだ、という気持ちの出たいい「答え」でした。
(山梨県教育委員会教育長賞) 三枝昂之 先生 (選評)
問いの片歌 三 あの橋を自分一人でわたってみよう 三枝昂之 先生
好奇心以外はすべてここに残して 永松果林 十六歳 女性 山梨県立甲府南高等学校
未知の世界へ歩み出すときの緊張と決心の強さをどう詠うか。いろいろ魅力的なプランが寄せられました。新しいバレーシューズに自分の決意を託したプラン、人生の旅には地図も時刻表もないという形で覚悟の程を吐露したプラン。そうした中で永松さんの答えの片歌には一歩踏み出す気持ちがもっとも強く、かつ、あざやかに示されています。好奇心以外のものはここに残す。そこには、何も持たずに、素手で、白紙の状態で、というニュアンスが含まれています。未知との遭遇への静かな心躍りを示したその答えが見事です。そこを評価しました。魅力的な問答になったことがうれしいですね。
(甲府市長賞) 今野寿美 先生 (選評)
問いの片歌 四 人生は兎がいいか亀でよいのか 今野寿美 先生
陽だまりのベンチで語る米寿と白寿 朝山ひでこ 五十六歳 女性
問いの片歌から、じっくり地道がよい、といったゆとり志向が浮かぶのも自然なことと思います。朝山ひでこさんは、その印象を長寿の二人の安らぐ姿に移し替えたということでしょう。いかにも暖かい陽だまりのなか、ベンチにくつろぐ八十八歳と九十九歳は、夫婦であってもいいし、なくてもいい。超高齢化社会といわれ、老老介護などという非情な現実も知られるところですが、この場面にはそんな重苦しさがありません。人生やはり、こうでなくちゃというほのぼの感が、読み手にも安らぎとなって広がります。「米寿」「白寿」も効果的でした。
(アルテア賞最優秀・山梨県教育委員会教育委員長賞) 今野寿美 先生 (選評)
問いの片歌 一 いっぴきの蟻がちくたく木の葉を運ぶ もりまりこ 先生
俺にくれわき目もふらないその一途さを 渡辺雄大 十七歳 男性 早稲田大学高等学院
問いの片歌の健気な懸命さに大いに共感しているのですが、まるでドラマの中のせりふのように、ざっくばらんな男っぽさでキメたところが表現として引き立っていました。気の利いた構造で、五七七の五と七七が倒置になっています。それだけ最初の五音の押し出しが強く、共感の度合いが印象づけられる効果が感じられました。「俺にくれ」と、いかにも男子高校生の単刀直入。それでいて、何が欲しいかといえば「わき目もふらないその一途さ」というのですから、きっと内面はごくナイーブなのですね。アルテア賞にふさわしい句と思いました。
アルテア賞 総評 今野寿美 先生
若い世代の作品は、自由闊達な発想と気負いのない表現が何よりのおもしろさです。
三原百合奈さんの「探そうか昔なくした麦わら帽子」には夏の記憶への愛惜がまつわり、若々しい抒情が感じられました。また、永松果林さんの「夕焼けが僕の心を駆り立てるから」は、自制しがたい衝動を大いに肯定して前へ進もうとする意欲が個性的にまとめられていて、その点で評価が一致しました。
猪股美沙さんの「百年の想いをのせた追憶の風」は、スケール大きく心の奥を覗くような印象。一方、雑賀彰さんの「人生は速さではなく深さであるべし」は、明確な意志と、それをはっきり言ってのける気概がこもり、頼もしい作品になっています。
和光杏奈さんの「本当の答えは人の数だけあるよ」は率直な発想が可憐です。個々の意識を尊重する思いが源になっていますから、それだけ説得力にも富むといえるでしょう。
中村みゆきさんの「私なら足は兎で心は亀で」は、行動のスピード感を大切にしながら、心のゆとりは持ちつづけたいと、なかなかさばけています。若尾祥瑚さんの「迷ったら心の声に耳をすまして」、遠藤貴広さんの「葉の裏に目には見えない思いが募る」は、ともに繊細ですが、よく考えたのちの思いの静かな表明といえそうです。
安藤美紀さんの「思い出も作った傷も全てこの島」は、大震災の痛みを慰めるように述べたのでしょうか。誠実な印象でした。 |