第28回国民文化祭・やまなし2013 酒折連歌祭
第十五回酒折連歌賞 総評


問いの片歌 一 ふるさとの深き眠りの雨の日曜 宇多喜代子 先生

 
  今年もいろんな世代の方からの応募があり、一人一人の応募稿を拝見しながら、五つの片歌になんといろいろな答えがあるものかと、たのしく、それでいて緊張しながら選にあたりました。
 まず、「ふるさと」というやや陳腐な設定に、年配の方々は当然、ご自分のふるさとを重ねておられる歌が多いようでした。ところが、中高生の方々は、「ふるさと」よりは「日曜」のほうに心が傾いているのがよくわかる答えが多く見られました。
 「日曜日の次は月曜日だよ」と思うかた、これが若いかたの答えに多く見られました。年配の方々の答えに多かったのは、やはり「ふるさと恋し」の思い、それと「かつての恋」を回想した答えが見られたことでした。やはり「ふるさと」「雨」という感傷的なことばが引き出すこころの奥の世界があることをあらためて感じたことでした。
 私たちの日常は、同じような感情や思考で繋がって行動し、相互を理解し合って生きています。それをそのまま言葉で表現するのが日常の言葉です。多くの場合、1プラス1は2になります。そこに円満な関係ができるのですが、詩歌の世界、詩歌の言葉はそれと少しちがっていて、1と1を足してけっして2にはならなくてもいい、むしろ3にも5にもなっていい、そんな大胆な発想が許されるのです。それでいて独善的にならぬような緊張と工夫が必要です。
 惜しくも選に洩れた多くの答えにも印象に残るものがありました。来年また楽しい答えをお寄せください。


問いの片歌 二 小さいね冥王星も人の心も 今野寿美 先生

 今回、問いの片歌で「小さいね」などと言ってしまったため、そんなことないよ、大きいよという〈反論〉の答えが目につきました。二〇〇六年に惑星からはずされた冥王星は、地球の六分の一とか。それでいえば可愛いほど小さいことになるのですが、あくまでも比較のうえでのこと。重ねて「人の心も」となれば、小さく見えるからって、本当に小さいと言えるかどうか、といった気持ちが含まれそうな気がしていました。そんなこと何であなたが決めるのよ、あなたが小さいということよ、といった〈反発〉も、ごく真面目な心から発せられていて面白いと思いましたが、そんなとっさの反応に、すっとひねりを加えて展開した作品が着実に生まれていることの手応えは大きいものでした。
 たとえばそこに富士山の世界遺産登録の一件を持ち出した例。この話題はタイムリーなだけに作品に華やぎを添えていましたが、その点でも引き立っていたのが山本町子さんの「北斎の富士山波に飲み込まれたり」。北斎による遠近や大小の現実を超えた構図の妙味が「小さいね」と発する心と呼応しつつ、あとに残るのは途方もないデフォルメの大胆さ。実に巧緻です。
 一方、今の社会ならではのメール送信の設定として、繁澤美穂さんの「追伸に外を見てねと返事が届く」。虹か夕焼けか、とびきりの青空か。「追伸」をする心のゆとりに、温かい広がりが感じられました。


問いの片歌 三 買いものをメールでたのむ夕焼けの下 三枝昂之 先生

頼みごとをする。昔だったら電話、まだ電話が普及していない時代ならば電報か手紙でした。しかし今圧倒的に多いのはEメールですね。そのメールで頼むのは買い物。そして時間帯でいえば夕方。問いの片歌は、こういう設定にどう反応しますか、と投げかけています。このとき誰もが思い浮かべるのは夕食の買い物ですね。答の片歌でもっとも多かったのは「今夜はカレーだ」というプランでした。ジャガ芋などを頼まれたと考えてメニューを想像しているわけです。シチューとすき焼き、鍋物も多かった。
 そうした答は決して悪くありません。しかし一万人もの人が競うこういうコンクールで大切なのは、自分のこの答は他の千人の人と同じではないか、と考えてみることです。選考する立場からは、やはり答え方にきらりと光る工夫や特色がほしい。そういう点から私がまず注目したのは「添付する世界遺産の富士の夕焼け」です。この答はメールを送った人が頼むだけでは気が引けるから、富士山を写真に撮って添えたわけです。世界遺産の富士の、しかも夕焼けの富士を。とびっきり魅力的な画像を添えたところから、「ゴメン、よろしく頼むよ」という心が見えてきます。今年は富士山が世界文化遺産になった記念すべき年ですから、その慶事への挨拶も兼ねた答の片歌。センスが光ります。
 問答には思い切った冒険も必要です。楽しみながらの冒険を試みてください。


問いの片歌 四 夏の蝶あしたにつづく道を教えて もりまりこ 先生

 視界を横切るものに気づいて、ふと窓の外を眺めると風のまにまに漂っている蝶の姿。ある日、地平と天の真ん中にゆらいでいる蝶のゆくえをぼんやりと眼で追っている時に、ふと思いついたのがこの片歌でした。
 今回は、あしたという未来を孕んだ時間をみつめた時にみえてくるさまざまな道について、問いかけてみました。
「眠れない 夜におまえの 羽があかるい」という蝶をじぶんの外にある道しるべとして設定されたアイデアや、自分の比喩として蝶をとらえた「逃げ水の 底にとぷりと ぼくの脱け殻」など、鮮やかな展開の作品に出会えました。
 以前、酒折連歌の問いと答えの距離感について、「記して述べず、こめて飛躍する」という言葉を教えて頂いたことがあります。問いに即しすぎず、離れすぎない絶妙の距離感を持った答えの片歌に出会えることは、選者にとっての喜びです。問いから遠く離れた場所まで連れて行かれるのに、心地よい驚きと共に着地している。ゆるやかな緊張感を保ちながらも読み終えた時、開放感に満ちている。そんな答えの片歌には、問いを置き去りにしない両句をつなぐ大切な役割があることを、あらためて気づかせてくれます。次回も心ゆくまで表現された作品を楽しみにしています。


問いの片歌 五 目を閉じた瞼の裏に星の残像 倦コ深月 先生
 
 眠るため、布団の中で目を閉じた時。あるいは、日常のふとした瞬きを繰り返す中で、誰でも一度は経験したことのある情景を投げかけました。
 瞼の裏に見える残像の「星」は、本当に星なのか。その前に見た痛烈な照明、心に残る思い出が映し出されたものかもしれない。
 この問いを受け、みなさんから示されたのは、「星」を、今まさに目の前に広がる物理的なものとして捉えたものと、今ここにはないが、自分の心の中にあるものとしてとらえたものとに、大きく分けられました。前者は、「夏」「夜空」「銀河」といった言葉が多く、後者は、では、目を閉じたその後、ふたたび目を開けた自分に何が見えるのかを誠実に答えてくれるような歌が多くありました。
 中でも私が心惹かれたのは、五十代の女性の「大丈夫 友だちなんか いなくてもいい」です。自分自身が悩みの只中にいて、しなやかな決意を今胸に固めたのか。ひょっとしたら、誰かから受けた相談に、自分も目を閉じて考え、迷いながら、それでもどん、と背中を押すための言葉を放ったものなのかと、深く余韻を残す、強い答えだと思いました。
また、同じように「鍵盤に 一生分の 気持ちを込める」では、瞬きの後でこれから大事な一曲が始まるのだという物語を見せてもらい、答えによって、まったく違う光景の広がる酒折連歌のおもしろさを堪能させてもらいました。
 選考は、歌の世界の楽しさ、豊かさを垣間見たような、私にとってもすばらしい経験になりました。

 

 
28回国民文化祭・やまなし2013 酒折連歌祭
第十五回酒折連歌賞 選評


(大賞・文部科学大臣賞)  倦コ深月 先生 (選評)
問いの片歌 二 小さいね冥王星も人の心も
答えの片歌   「だけど」でも「だから」でもいい君が好きだよ 大原健三 東京都

 冥王星と、人の心。そこにかけられた「小さいね」という言葉は、その小ささを嘆いているのか、愛おしんでいるのか、その解釈が答えに任されます。「だけど」と「だから」のどちらでも構わない、そして、「君が好き」と思い切って告白するこの歌は、問いにある「小さいね」という言葉を充分に受け止め、その上で人の強さを肯定するようなパワーに満ちていると感じました。カギ括弧を使った文体も、歌の中の声に軽やかな体温を感じさせてくれるようで、リズミカルです。


(山梨県知事賞)  三枝昂之 先生 (選評)
問いの片歌 二 小さいね冥王星も人の心も
答えの片歌  北斎の富士山波に飲み込まれたり 山本町子 兵庫県

 小ささにどう反応するか。そこが問われているのですが、この答の片歌はなんと、日本一の富士山が波に呑まれるわけです。あの富士さえも波に呑まれるてしまう。そう読むと冥王星も人の心も富士山も、小ささのオンパレードになります。しかし波の方に焦点を合わせると、日本一の富士山をも呑み込む大きさが印象づけられます。つまり大きさは小ささであり、小ささと大きさは紙一重といったニュアンスが答からは浮かんできます。そこがこの答えの魅力なのです。もう一ついえば、今年は富士山が世界文化遺産になった年ですから、その目出度い機会を生かしたセンスも感じられます。


(甲府市長賞)  宇多喜代子 先生 (選評)
問いの片歌 一 ふるさとの深き眠りの雨の日曜
答えの片歌   持ち物は歯ブラシタオル古い本だけ 勝俣麗奈 山梨県 山梨県立富士河口湖高等学校

 まず、この答えのいいところは、問いの湿り気の多いことばをカラッとかわしているところです。
 「歯ブラシ」と「タオル」というごくごく普通のモノ、これだけで感傷的な気分を払拭します。ところがここに「古い本」が重なりますと、オッと思わせます。「新しい本」だと、ややいい子っぽくなり過ぎます。
 軽さが出てとてもいい答えでした。


(山梨県教育委員会教育長賞)  もりまりこ 先生 (選評)
問いの片歌 四 夏の蝶あしたにつづく道を教えて
答えの片歌   木漏れ日を浴びて祈りが輝いている  水野真由美  神奈川県

 風のゆらぎにあらがわないように、舞っているように見えた蝶も、この片歌に出会えたことで、ままならないすべてのものを包んでしまうおおきなものへと化身した世界が描かれています。蝶を生き物としての蝶と捉えるのではなく、祈りの象徴として木漏れ日を浴びている姿は、たとえば映像として想像することを越えた所に存在している、言葉にしか出来ない表現を獲得しています。蝶に託されたのは、いまの時代に通奏低音のように流れている〈祈り〉の形。問いの片歌と呼応したリズム感に満ちた、読む人々のこころにまっすぐに届く力強さを持った作品です。


(アルテア賞最優秀・山梨県教育委員会教育委員長賞)  今野寿美 先生 (選評)
問いの片歌 二 小さいね冥王星も人の心も
答えの片歌   大きいよ近くでみてよ心でみてよ 風間彩花  埼玉県 行田市立西中学校

 風間彩花さんもストレートに「大きいよ」とまずは反論態勢ですが、加えて「近くでみてよ」、さらに「心でみてよ」とたたみかけ、一所懸命の印象が可憐です。込められた主張もそのとおりであって快く、むだがありません。たしかに何事も近くでよく見てから判断しないといけませんよね。さらに「心でみてよ」は大いに泣かせるひと言でしょう。ふと大切なことに気づかせてもくれるようです。ここまできちんと述べてぴしりと収めた明晰さ、中学生の感度のよさに感心しました。すばらしいと思います。



 
     
 

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