その八三


 

 






 






 




























  ゆくりなく ラ行でうたう 車輪はめぐる

大阪の南にある動物園のそばが
大学からの帰り道だった。

夕暮れになると、とにかくどこからか
発生したのかわからなくなるぐらいの数の
自転車に乗ったおじさんたちが
上機嫌で押し寄せてくる。

ガシャンガシャンとかきーきーとか音を
立てながら。

彼らの自転車はたいていどっかが壊れかけて
いるせいで、とにかくにぎやかなのだ。

そしてたいてい荷台に腰掛けた
スタイルの三角乗りでやってくる。

おとながぐいっと腕を伸ばして自転車に
乗っているところを
はじめて見たわたしは、驚いたと同時に
妙なざわついたような
うれしさがあった。

<おとなの三角乗り>。

もうわたしは幼稚園か小学校ぐらいで
辞めてしまった乗り方をいまだに
エネルギッシュなおじさんたちが
自由奔放に乗りこなしていることに
妙な開放感を感じたのだった。

あしたから夏休みっていう時だったから
かもしれないし、夜ごはんはなににしようと
側にいる友だちと話していたからかも
しれないけれどなんかそんな風に感じて
しかたがなかった。

おじさんたちはいちにちの仕事を終えたばっかりの
よろこびを、お酒の匂いを漂わせながら
ゆるりゆるりとアスファルトの上に
螺旋を描くように自転車を漕いでいた。

ぼーっと彼らを眺めていたら
歯のないひとりのおじさんが振り返って
わたしたちふたりをからかった。
というより冷やかされたのだが
もうその自転車のタンデムシートに
乗っかったまるーい背中を見ていたら
なんかいきなり垣根をとっぱわれたような
風通しのよさを一瞬にして感じてしまった。

いつか友だちがあなたにとっていちばん
じゆうを感じるときはいつって聞かれた時、
すぐには即答できなかったのだけれど
ふっと過るように思いだしたのが
大阪の町を走り抜けるこの自転車のことだった。

血がつながってるわけでもないし
知り合いでもないのだけれど
そういうなんていうか脈絡もなく思いだす人たちも
じぶんの記憶をつくる、なくしちゃいけない
要素なんだなぁと思ったら
ちょっとだけあのときのおじさんたちが
元気のひとかけらをちゃりんこの荷台に乗っけて
思いがけなく届けにきてくれたみたいで、すっごく
ほころんできた気分を感じた午後だった。 
       
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