その九十


 





 








 



























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さっきまでしゃべっていたひとが
じゃあ先に寝るねと2階へゆく。
人が寝静まった後の部屋は
がらんとしていて、気温がいっきょに
さがって寒くなる感じがする。

その感じのために靴下を2階からもってきて
履いてみたり、ブランケットを
膝に置いてみたりする。

ふたりでいるときは気づかなかったのに
部屋の電燈もなんだか妙に明るすぎる。

消してしまってブラウン管のあかりだけ
というのも、壁にうつる画面の色が
ちょっと落ち着かないし

どちらにしてもこの部屋は明るすぎると、
思った。

すみずみまで見たいから白熱灯がいいのと
母はいい
わたしはすみっこなんてどうでもいいから
ぼやんと明るければそれで十分だと
間接照明がいいといい

わたしは負けた。

だからこのダイニングは
夜になっても昼間なのだ。

ひとりになってみると
じわじわとナイトタイムと云う名の
薔薇が匂ってきた。

昼間は赤を黒にちかくなるまで
煮詰めたような色のせいか
持て余している風情なのに
夜になると女のひとの濃密すぎる香水のように
匂いに重層感が増している。

それにしても気がめいってしまうぐらい
ふさわしい名前。

しゃべれない花がこんなにまで存在を
しらしめているなんて思っていたら
電気をぜんぶ消してしまいたくなった。

彼女のいる環境を
ほんとうの夜にしてあげようと思ったのだ
ふいに。

そしてあぁそうかしゃべれないから
こんなに濃いい空気をもたらしてるんだなと
かってに
一瞬の闇の中で理解した。

声に似たものなんだ
花の匂いっていうのは
ここにいるよってこと?

そしてふと思ったのだ。
去年もわたしはおなじようなことを
云ってたような気がしてきて
ふにゃっとへたりこみそうになった。

バラの香りは思いを導火線のように
じわじわと手繰り寄せてしまうものらしい。

あたらしい感情とか思いなんていうものを
もしかしたらわたしは欲していないのかも
しれないなと思いつつ、
手探りで2階の階段を上っていた。
       
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