その九三

 

 

 




 






 





























  梶の葉に ゆびもじふれる おげんきですか 

からだのまわりの空気は生温いのに
窓から来る風は、つめたい。

きれぎれ、はるばる、ぐわんぐわん。

そんな感じで風はやってくる。

ずっと工事中のお宅がある。
うちから何件か隣り。

すこしずつ新しくなっているのが
外壁の素材や屋根の色でわかる。

カキーンとか、かんかん、かんとか
大工さんの仕事している音が聞こえる。

音やリズムだけで仕事している気配がわかる
っていうのは
なんかいい。

昔すんでいた家は、若い建築家の
試作品のようなところがあったので
しょっちゅう雨漏りや故障があった。

そのたびにいろんな大工さんがやってきた。

お昼になると、お弁当をちゃっちゃとかきこんで
お茶を啜ると彼らは一服する。

名前も忘れてしまったけどひとりだけわたしの
お気に入りの人がいた。

彼はとにかく無口でこわそうなのだけど
3時のお休みにわたしが羊羹などのお菓子をお盆に
のっけて持っていくとすこしだけ相手になってくれるのだ。

ピースかホープかだったと思う。
煙草のケースの内側についている銀紙を剥ぐって、
兎とかカメとか女の子とかそういう形を
器用に折ってくれる。

笑うでもなくただ黙々と、きれいな指を
むこうや手前に滑らせながら、
そして、作り終えるとわたしの手のひらにのっける。

くわえ煙草のままで手渡された銀紙でつくられた形は、
かさっかさと軽かった。
ちいさな銀の動物たちが、きらっと光るたび
わたしのこころはぐっとつかまれた。

わけもわからずなんかいまつかまれた?って
思った刹那、
音の方をみあげると、その折紙だけを残して
おにいさんは
もうベランダの方の手すりに登って
仕事していた。

それから家の雨漏りや具合のわるいところは
修まったので、わたしが銀のかたちを
手にすることはなくなったけど、
雨がふるたびにまた雨漏りしないかなぁと
天井を見上げては思っていた。

遠くでかんかん、かんって音が鳴っているのを
呆然として聞いていると
胸の奥のほうがしゅんと湧いてきて
ちょっとだけわたしは
しゃがんでしまいたくなる。
       
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