その一二三

 

 






 








 



















 

ひとびとの 波を泳いで 水の出口へ

この間、美術館のチケット売り場の前あたりで
見知らぬ40代ぐらいの男の人に声を掛けられた。

どことなく風通しのよさそうな爽やかな男の人で
よくみるとその人の左手はちいさな男の子と手を
つないでいた。
息子さんらしいかわいい男の子が私を見上げていた。

その男の人は、ちょっと身構えている私に
いちまいのチケットを差し出して、
もしよろしかったらこれを
もらっていただけませんかと云った。

彼の指にはちょうど見たかった展覧会の
招待チケットが握られていた。

あまり急なことで咄嗟にお断りしたのだけれど
彼は、急用ができていちまい余ってしまったので
もらっていただけるとありがたいんですがと
申し訳無さそうに云って、
ゴールドに縁取られたチケットを
ひとつ前に差し出した。

私もちいさな宝くじにあたったみたいに
ありがたくて、お言葉に甘えて
チケットをもらった。

私にチケットを手渡すと彼らはロビーを横切り
走って、館内をあとにした。

お父さんの背中と子供の背中が
互い違いにゆれながら人を縫って
出口へとちかづいてゆくのを見送りながら、
私はきゅんと温かくなっていた。

お父さんと息子が手を繋いで
ただひたすら走っているだけなのに
なんかとってもかけがえのないものを
目撃してしまったみたいでせつなかった。

気が遠くなるほどの時間を経た出土品が
硝子ケースの中に並んでる。

そんなに気が遠くならないぐらいの時間の
あいだにあのかわいい男の子はあのお父さん
みたいなおとなになってゆくんだなぁと思ったら、
みしらぬ親子が今もどこかを
走り抜けてるようなそんな映像が浮かんできて
気がつくとエジプト展の時間の重さが
彼らとすっとすりかわってしまっていた。

       
TOP