その一二四

 

 




 







 






















 

にじいろの うろこのせいで すこしひんけつ  

コッピーというちいさな魚を飼っている。
キャンディーの瓶みたいなぽってりした
フタ付きの容器の中で、青い硝子の欠片と
いっしょに彼らは棲んでいる。

でもまだ名前も彼らにはないし
そのちいさな水の容器とわたしとの
関係はちょっと希薄なのだ。

おそるおそるな間柄。

三匹いっぺんだったもんだから
どんなふうに愛でていいかわからない。

でもすこしだけ贔屓にしている一匹がいて、
彼のからだは他の2匹よりとりわけちいさいので、
えさをあげるときも彼の口にたくさんおさまることを
ついつい願ってしまう。

いつだったか読んでいた小説に熱帯魚を飼うことを
生活の優先順位のいちばんに決めている
男の人の話があった。

ワイルドディスカスという魚。

病的なまでに魚を偏愛している男の人の
後ろっ側には失ってしまった彼女への
追憶がぴちゃりと貼り付いているところが
せつなくて好きだった。

馴染んだ水を欲するディスカス。
新しい水に馴染めずに具合の悪くなることを
水当たりと呼ぶと書いてあって。

その水当たりを患ってしまった時の症状を読んでいたら
対処できなかった時のことを考えるとこわくて
まだわたしはコッピーの水替えをしていない。

慣れ親しんだ水を愛し、新しい水を
敬遠してしまう魚と人間の恋は似ていると
その作家は綴っていた。

もういちどその小説を読み返しながら
わたしはコッピーの水を思う。

水を思いながらすこしだけ誰かのことを
想う。

あたらしい水のはずなのに
もうすでに知っている水のように
わたしは夜も更けた雑踏を懐かしい
水の中のように泳いでいたことを思いだす。

明日か明後日かもうそろそろ水を着替え
なくちゃいけない。
三匹のコッピー達が昨日までの水と
上手にさよならできるといいなぁと想いつつ。

       
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