その一五〇

 

 





 






 








 

あの陰は だれかのかけら たゆたうぺーじ

日ざしがあんまり強いと濃すぎるぐらいの
影が恋しくなる。

バス停でもしらずしらずのうちに屋根の
影になった所を選んでそのエリアの中で
日傘をさす。

光があたっているところにはちゃんと
それをさえぎるものがあって
陰ができることが小さい頃はふしぎで
ならなかった。

ちょっと気になる男の子との夏休みの
プールの帰り。となりの男の子とは
すこしだけ背格好のちがう陰が
アスファルトに映る。

ひろゆきくんが私の隣を歩いてて
ひろゆきくんの斜後ろをおいかけてゆく
陰があって。
ひろゆきくんが止まると陰もなんとなく
ゆれながら止まる。

目も鼻もないけれどここにもひろゆきくんが
いるのかって思ったらふしぎになった。

三丁目に住むひろゆきくんは三叉路に差し掛かった
ところでほんじゃぁなまた明日っていって
坂道を駈けていった。

バイバイの左手を残したまま私は帰り道を
急ぎながらさっきまであったひろゆきくんの
陰を探していた。
そんなものはもうどこにもなくて一瞬なんで?
とアスファルトを見た。

そのことをひろゆきくんに云ったらあっほやなぁ
そんなもんあるわけないやんけとこてこての
関西弁できりかえすに決まっていた。

その時陰っていうのは物体がないと生まれないんだと
はじめて気づいたのだった。

この間読んでいた小説に<かたかげを選んで歩きましょうよ>
という台詞があった。
老カップルの会話らしかった。

片陰っていい言葉だなってあらためて思った。

バス停に立ってそのことをふいに思い出していたら
ふしぎな陰が目の前に見えた。

御盆休みのタバコ屋さんの何も書かれていないシルバーの
屋根の上に切り抜かれたみたいな十字架の影が浮きでていた。

何の影なんだろうって思ってその在り処をふりかえって
目で追ったけれど結局わからなかった。

タバコ屋さんはちいさな教会になったみたいで
見なれた風景がちがう彩りをもって夏にとけこんでいた。

       
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