その一五一

 

 












 






 

ふかくにも 零れたものを あなたが掬う

赤ちゃんの瞳から涙がきれいな雫の形で
ほほに落ちてゆくっていう様子を
まじかでみた。

こめかみ辺りを文机にぶつけて
痛かったねってまわりの人に云われて
火がついたように泣く。

なにかにほんとうに気がついたとき
人は泣くのかなって思いながら
愛おしくみつめていた。

側にいるお父さんのジーンズの
ひざ小僧におでこを押し付けて
こらえきれずに泣いている。

すんなり抱き上げられて足の間に
ちょこんとおさまるとなにかの
印のようにいっかいだけ声を出して泣いて、
そのままなにごともなかったかのように
ぴたりと止まった。

魔法みたいな静けさ。
誰があやしてもだめなのにお父さんの
身体の内側の温もりに触れた途端
だいじょうぶな感じになってるのが
こっちにまで伝わってくる。

いい風景だったなって思いながら
外に出ると雲一つない青空。
雨が降りそうだっていっていたけど
なんとか大丈夫そう。

しばらく歩くと修道院があって
なぜだかさっきみた男の子の赤ちゃんの
涙の後のけろっとした表情を思い出す。

こどものなみだはおとなになると
種類が変わってしまうのかなとかって
思いながら海の町を歩く。

おとなになるとそんじょそこらのことでは
泣かないしもう死ぬまで泣かないかもしれない
ぐらいのゆるぎなさだったのに
うっかり今年の冬あたり泣いてしまったことがあった。

泣きながら静かに聞いてくれたその人の掌が
あたたかいって思っていたらとめどなく
こどもみたいに泣いていた。

でもそのあとすっごいふしぎな感覚になったのだ。
何十年分泣いてすっきりしたっていうのか
おおげさにいうとあっ!ここが出口だったんだって
思ったら朗らかな気持ちがやってきていた。

きっととってもぶざまでみっともなかった
ことはじゅうじゅう承知なのだけれど
あのとき泣いていなかったらまだわたしは
あふれそうな水のかたまりをからだのあちこちに
かかえたままで身動きできなかったかもしれないと
思うと、そのとき側で見守ってくれたひとに
すっごい感謝の気持ちでいっぱいになった。

何思い出してんだろうって思ったら
もうすぐ駅で、その辺りは夏の家族たちが
あふれかえっていた。
台風の前触れみたいな風にまぎれてしょっぱい
匂いが追いかけてきているみたいだった。

       
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