その一五三

 

 




 







 







 

つないでる どこかどこかが ふれてさびしい

小さい頃のようにすっごい待ち遠しかった
わけでもないのに。

夏がすっと風のあいだにすべりこんできて
もっともっと濃密な空気をもたらしはじめると
はやく秋になるといいのになって思っていた。
ちゃんとわたしの町にも夏が訪れて
あいさつらしきものもそこそこにひどく親しんで
でも8月が終わりにちかづくと
じゃあと去ってゆこうとする。

へたしたらそのじゃあさえ云わずに
秋の先にまぎれながらすこしずつ
姿を消してゆく。

朝から昼あたりまではまるっきり夏の顔なのに
夕刻になるともうその顔の輪郭さえ
あやふやにしたままいってしまう。
でもまた次の朝はなんとなく夏だったりして。
まだいるじゃないと思っているうちに
ある日どこを探してもいなくなってしまっている。

向いのおうちにちいさなうたちゃんという
女の子が住んでいる。
この夏の間、うたちゃんは家の前の道路を
遊び場にしていつも少し年上の小学二年生の
お兄ちゃんと遊んだり泣いたりしていた。

朝も早くから三輪車に乗ってふしぎなうたを
歌いながら。

そのうたちゃんが夏になる前、お兄ちゃんの
片足だけで動かす高度な乗り物に
ひとり猛練習の末乗れるようになったらしい。

朝の七時ぐらいだったと思う。
うたすごいよすごい、おとうさんうたが
乗れるようになってるよ。すっげ〜
っていう声で目が覚めたことがあった。

なにがすごいのかうたちゃんの姿は道路の
むこうだったみたいなのでお兄ちゃんの
声しか聞こえなかったけど。

なにかをうたちゃんは夏が来るまえに
なしとげたんだなって思ったら
ちょっとうれしくなっていた。

お兄ちゃんのほうにもやるきモードに
火がついたみたいに、うた、だめだめ
がまんがまんブレーキは使わない。
お兄ちゃんのコーチぶりもよかった。

そういえばこの夏近所のおばさんにうたちゃんは
あなたのことおばさん知ってるわよ、はなちゃんって
いうんでしょって云われて、ぶぜんとして
中くらいの声でうたって正しい名前を伝えている
微笑ましいシーンに出会ったこともあった。

私の今年の夏はうたちゃんにはじまりうたちゃんに
閉じられてゆく感じがしている。
夏の代名詞みたいなうたちゃんの声が元気に聞こえてる
あいだは夏なんだと思うことにして。

       
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