その一五七

 

 






 







 





 

じだらくに あまいなにかを 器のなかに

寒い季節になると甘いものがそれも夜中に
ほしくてたまらなくなる。
たいがいはなにか甘味のついたもので
ごまかしたりするのだけれど。

むかしは塩辛いものやぴりっと七味の
きいたものがむしょうに欲しかったはず
なのに、いまはまるで逆になってしまった。  

なんとなく年をとったんだなと思う。

かつて父が健康に気を遣いはじめて
禁煙してお酒も控えるようになっていた頃
つぎにはしったのが和菓子だった。

ひとつふたつがまんしているのだからと
自分へのごほうびのように日曜の夕飯頃になると
ふらりと和菓子の包みを抱えて帰ってくる。

誰がこれだけたべるのというほど箱の中には
かわいらしい大きさの花にみたてられた
和菓子が並んでいた。
好きなものをいくつでも選びなさいと父は
和菓子を買ってくる日はとても上機嫌だった。
桔梗の薄紫や撫子の薄桃色、女郎花の黄色。
ほんとうはケーキのほうが嬉しかったのにと思いつつ
私は弟とふたりでテーブルに手をついたまま
いつまでも困ったように迷っていた。

今私はふと気づくとあの時の父のように
和菓子が好きになってしまった。

この間なんとなくそうかもしれないと思ったのだけれど
たとえばケーキとかだとみんなでちょっとずつ互いの味を
分け合いながら食べるのも楽しいけれど
和菓子になるともしかしたらひとりが
いいのかもしれない、と。

いちにちを終えた時、なんかあの出来事は
ふいをつかれたようにしょっぱかったなと
ふり帰っている時に欲しくなる。
おかしな言い方だけれどしょっぱい気持ちの後に
欲しくなるものそれが私にとっての和菓子なのだ。

つばらつばらという銘菓が好きで、いまはとても
贔屓にしてしまっている。

万葉集の中の大伴旅人の和歌の中にでてくる
つばらつばらという言葉がそのまま菓子のタイトルに
なっているところにも惹かれた。

しみじみととか心ゆくままにという意味が
込められているらしい。

暗号みたいなその和菓子を口に運ぶ度に
甘やかなものがゆっくりと
欠けてしまったところを満たすように
つばらつばらとしみてくる。
ひとりでまよなかでわがしで。
当分やめられそうにないなと思う。
あの時の父のように。

       
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