その一六五

 

 




 








 








 

異国へと 向かう足どり ふくよかにひとり

大船の駅で降りて、横須賀線に乗り換えようと
思った時、急に人の流れがぎこちなくなって
なんだろうと思ってたら、エスカレーターの
メンテナンス中だった。

御迷惑かけていますの黄色と黒の看板が
置かれていて、なぜかしらわたしはその工事を
しているおじさんのヘルメットに視線がいった。
そこにはおじさんの名前と血液型が記されていて。

ヘルメットに血液型っていう対のかたちは
なんだかよくわからないけれど、
それを目にした途端いろんなことを
想像してしまってどきっとした。

どきっとしたまますれちがいざまあのおじさんは
A型の小笠原さんなんだと思うと、
ありふれた工事の名も知らないおじさんだったひとの
輪郭が急にモノクロからカラーにふいにあらわになった
みたいで血や肉をたずさえたからだの人なんだなって
ことがちょっとりあるに迫ってきた。

雑踏を歩いているときってへたすると知らない人に
血が通っていることなんてありありと実感することは
ないんだということにも気づかされたりして。
遅ればせながら複雑な気分でした。

この間「星の王子さま」の特集番組をやっていて
それを見ていたら、絆をむすぶってどういうことか
みたいなことをいろんな人が語っていた。

ゆきずりのキツネに出会った王子さまは、彼にとっての
バラの存在について新鮮なことばで説明する。
それはなじみになったってことなんだよって云う。
同じ形のはずなのに他の多くのバラとは
ちがってみえるのはつまりそういうことなんだよと
諭す場面を見ていてはっとした。

<いてもいなくても気にしないことはまだなじみに
なっていないことで、なくてはならないたったひとり
のひとになる>ってことがなじみになることだと
説かれていて、胸の奥がきゅっと縮んでじんとした。

昔読んだときはなんだかちょっと賢すぎる王子さまとは
そりがあわないとか思って気になりながらも敬遠していた
「星の王子さま」には、そんなことが書かれていたことに
今さら気づいて、この年令で再会できたことに
ちょっと感謝していた。

で、ふとよぎった。
雑踏で好きな人と楽しい時間を過ごした後、じゃまたねと
別れた後の一人残された電車の中のあのその他大勢の人との
距離感やよそよそしさやおおげさにいうと寂寥感
みたいなものはそういうことだったんだと。

ばかみたいにふにおちた。
ふにおちるとこころの中があふれそうにざわめいてきて。
なじみになるってことの深淵さに思いがけなく触れて
火傷してなんだか男泣きみたいな感じで
泣きたくなっていました。

       
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