その一七四

 

 






 





 











 

うしなって てのひらのなか 開いてみてる

舌の上にぴりっとしたものが走るような
そんな食べ物を味わったあとは思いきり
甘いもので口を満たしたくなるように
ちょっと辛口で人をばんばん言葉で斬りたおす
人に会ったあとは、じんわりと甘やかしてくれる
人に会いたくなる。

雑踏を歩いていて、エネルギーがありあまってる
子供たちとすれ違ってばかりいると、
なにもかも倦んでしまう気分が満ちてくる。
それよりもちょっとゲンキをどこかに置き忘れて
きてしまったおとなを見たくなるなって思ってたときに
一枚の写真に出会った。

その人のポートレイトはモノクロで、頭のうすくなった
横顔から上半身が、くたびれた背広と共に映っていた。
ナレーションを聞いていたら、その人は8000枚のパリを
撮ったフランス在住の写真家だった。

そのモノクロームの初老の男の人をひとめみたときわたし
は その男の人が発している負のエネルギーみたいなものに
あまりにもひきつけられてしまってじっと見入った。

テレビの番組なのでその写真はいつしか次の場面へと
切り替わるけれど、消える寸前まで、
凝視したい気分にかられたのだ。
あながあくほどみつめるというたとえを思いだしながら
この人はこのままいろんな人に見つめ続けられたらその写真の中
からも消え入ってしまうようなそんな、そこはかとない輪郭で
佇んでいた。

うまく言えないけれど、生きていることにもう無関心になって
しまった人の形のまま、かろうじてそこにいて。
被写体になっていることにすら無自覚な風情をしていた。
写真家が被写体になっている写真はどこかに写されるものと
写すものとのみえないバトルのような頑なさが現われているものが
多いけれど、そのパリの写真家は元気であった時のことさえ
思い起こさせることを拒否したかのように、老いたままそこにいた。

8000枚という膨大なパリの姿を写し取った人なのに自分は写真家で
あるというスタンスを好まなかったらしく
ただそこにあるパリという現実をみたままに写していただけだから
芸術家でもなんでもないので、写真家というクレジットは外してほしいと
要望することがあったらしいとナレーションが伝えていた。

そのことを聞きながらそんなスタンスを取ろうとする彼と
今さっき見ていた彼自身のポートレイトがどこかでぴたっと寸分の
ずれもなく重なるような感覚にとらわれた。

彼にとって表現することは突出てることじゃなくてどこかが
凹んでるこの周囲を写し取ることなのかもしれないとそんなことを
思っていた。

あのポートレイトが撮影されたのは奥様をなくされたばかりの
ころだったと最後のほうのナレーションで知った。
あの写真に漂っていた空気が途端に腑に落ちたような、急に忘れていた
せつなさが込み上げてくるそんな気持ちになった。
ずっと共に暮らしていた人をなくした時にあじわうあのどこかに
ぽっかりと孔のあいたようなという感じは彼の身体ぜんぶが放っていた。
人は人を失うとあんなにもいるのにいないような生きてることにも
きづかないものになってしまうのかと愕然とした。
そして年を重ねてからだれかを失うことの過酷さを思った。
あの写真の中に映り込んでいたのは、いままで見たこともなかった
ぽっかりというせかいだった。

すきなひとをうしなうとあんなことになってしまうのだったら
すきであることをいますぐやめてしまいたいそんなきもちになりながら。
会ったこともないウジェーヌ・アッジェという男の人の肖像写真から
触れてはいけないものに触れた感触を指が知った時のあの妙な
ざわつきを思いだしてしまった、ちょっと途方にくれてる午後です。

       
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