その一九二

 

 






 






 








 

まなうらに にげてゆく色 夜にまよって

しばらく遠のいていたライブハウスに出かける。
はじめての場所なので、軽く迷う。
夜、見知った街で道に迷うのは、すべてがであいがしらに
満ちていて、楽しくなる。

ちいさなライブハウスは、誰かのちいさな
プライベートルームのように、好きなものの
ベクトルがおなじ方向を向いていた。

壁にタイルのように貼られたなつかしいサントラ盤の
レコードを見てるだけで、なんだかうれしくなる。

久しぶりに聴く中西文彦さんのギターの音。
ゆるやかにフライミートゥザムーンから始まった音色は
耳になじんでくる。

でもこのなじんだ感じに油断してると、どんどん
音がむきだしのままからだのあちこちにささって
こころっぽい場所がとたんにざわざわしてくる。

すこし前聞いていた彼の密やかで嗄れた音色は、
その日かけらぐらいを残しただけで、いい意味でとても
ふくよかな音になっていた。
近くで聞いているのに遠くまで届いているような
そんなギターの調べ。

黒いオルフェを聴きながら、スツールに腰掛けていたのに
気分はもうしゃがみたくなってるぐらいしみてきた。

頭の中はやっかいな映像が容赦なくぽんぽんと滑り込んできて、
時間がここに流れていないような気持ちになってくる。

音楽を聴いていて、時間が止まったように感じるせつな
そのあと時間がとたんに流れだしてゆく。そんな状態のことを
イーオン時間っていうってなにかで読んだことがあったけれど
それに近かったのかもしれない。

時間をシャッフルしてややこしくあともどりさせたり
ほんのすこし先をみせてくれるから、ときどきずっと浸かって
しまいたくなる。もしずっと好きで終わらない曲があったら
我に返れないのかもしれない。

<音楽にはいかがわしいところがあるから
すばらしい音楽をもつことは、ひとがとことん堕ちてゆく
存在であることを、おのずから示している>
そんな内容の詩に出逢ったことがあった時の衝撃が
いまここに甦ってきて、どきどきしていた。
堕ちてゆく引力にまけてみたくなる、そんなあやしい魔力が
潜んでいるギターの音色のなかに、じぶんのりんかくが
まぎれこんでゆくそんな夜だった。

       
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