その二一五

 

 






 






 






 

 

はみだした 場所にとまどう こころがちがう

似てるってことはすこしだけ褒め言葉だと
思っていたけれど、どうやらそうでも
ないらしく。

和菓子づくりを長年されている人が
もらした言葉に、はっとした。

季節の和菓子をこしらえたとき、
それがそのものずばりに見えたら
あまりそれは上品じゃないんですよと
おっしゃっていた。

あ、あじさいだ! とか桃そっくりとか
菖蒲の花だなとかそういう誰が見ても
それにしかみえないものというのは
あまり粋じゃないらしく。

粋だとか上品だとかまるでじぶんと遠い
世界のようだけど、なんだかその話は
面白くて日曜の昼下がり母とふたりで
聞き入ってしまった。

あれはあれに似ているけれどもしかしたら
あれではなくてこっちかな色や形の
風情からしてと、どこか想像の余地を
楽しませてくれる物がいいですなって。

見立てという言葉の持つほんらいの意味に
少しだけちかづいた気がした。
この想像の余地ってところが鍵みたいだなと。

あからさまに似ていると、すぐ飽きそうだし
思い描く時間がそこから省けた分
終着点が近すぎてつまらない。

和菓子をすたーとにして、そのときわたしは
ひとにたどりつく。
だれかに似ているだれかと話していても
それはほんとうのだれかではないのだし
目の前の似ているだれかにそっとだれかを
重ねたせつな、もっともっとそのだれかに
逢いたくなってしまったり。

似ているってすべてを手に入れたような
たたずまいなのに、すごく危うい
なかなか手強い感覚なんだなって思った。

       
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