その二六九

 

 







 







 





























 

夜の道 いつか来た道 記憶をつなぐ

夜になってから、すこし近くで
深夜の工事の音がする。
アスファルトを舗装しているような
でもなにかおおきな機械が、真下に
しかくいものをどすんと落とすような
音が響く。

からだの芯にとどくその労働のかたまりの
ような音をぬうようにきこえてくる
とてもふしぎな音階があった。

はじめはだれかがかけているラジオの中の
しらない旋律だと思った。なんの曲なのか
わけもなく聞き分けたくて、深夜に耳をすます。

でもしばらくすると、それはラジオでもなんでもなくて
たぶんクレーンのようなものが、発してるらしいことに
気づいた。
機械の手にあたるような部位が、きしんでる。
そんな絵が浮かぶ。
そこをのばそうとする度に、ふいにもれる
ファルセットのような音。

どすんとした重厚な工事のざわざわが、男の人たちの
低い声のたえまないおしゃべりだとるすると、
その高い音をこぼしているそれは、アルトめいた
ざわめきをしなやかに拒むおんなのひとの
歌う声にもきこえてくる。

しじまだった夜のまんなかにいくえにも、するどい
亀裂をほどこしながら、なにかが修復されてゆく。
こわしてるんじゃなくて、ととのえているんだと
いいきかせながら、眠りにつくために
まくらにあたまを沈ませる。

このあいだ、死んでしまった歌手について語られていた
新聞の記事を思い出す。
彼女への想い出やエピソードを織り交ぜているその中で
とても気になる箇所があったのだ。
<ピアフは低音で色をつける・・・>のねと言った
ふしぎなせかい。
音響スタッフへのリクエストとしての
<もっと紫色の音にしてちょうだい>という言葉。

ある音を聞いて一定の色がみえることを共感覚と
いうらしいけれど。
じぶんにはそういう技はもちあわせていないので
ただただ、想像をこころみるだけのたのしみでしか
その感覚にふれることはできないのだけれど。

そういうひとの会話をどこかライブハウスの
すみっこできいてみたかったってむしょうに思う。

そういえば、音色っていうなってうつらうつらの
まんなかで、思い返してみる。
もともと音のはじまりには、ちゃんと色がついて
いたのかもしれないなあと。

夜間工事と浅川マキ。
朝の六時まで続くらしいその音は、はてしなく続く。
みぎのみみからはいったものがひだりのみみへ
スライドしながら、やがて残響になって、また
あたらしい音をみみはのみこんでゆく。
こういうとき、あの轟音のつらなりに色を
感じられたら、どんな色がみえるんだろうと想像しつつ。

闇にまぎれている音の階段をのぼっていく銀色。
そしてあたまのなかでくりかえす。
こわしてるんじゃなくて、ととのえているんだと。

       
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