その三一三

 

 






 





 
































 























 

記憶さえ 辿り着けない 家路の途中

もうそれが誰のものでもなくなって
地球の誰かから借りていたものだと知って
ぼんやりする。

大地に還るっていうけれど
はじめからそれは大地のものだったから
生まれおちたその場所にもどるだけのことなのかも
しれない。

昨日のわだちがそっと夜の間にぬりこめられて
タイヤの跡がもうどこにもみつからない。

夜の道いつか来た道ってことばがうかんで。
それは夜の風にくるまれてゆく。
しめった夜の風の中に潮の匂い。

あの人の声がまだそのあたりにしている
気がして ゆびが宙を泳ぐ。
そして地面のあの轍があったはずのその幻の跡に
そっと視線を落とす。

故郷についての思いをまるで気づかれない恋情の
ように語ったあとで、そのことがわからなくても
じぶんを責めなくてもいいよって言った。
それはそれでしかたないことだから、と。

寂しい顔では決してなくて、テーブルに
置き忘れられていた誰かのジッポを、ほら忘れ物ですよ
とウエイトレスに渡すぐらいの当たり前さで、
それを語った。

故郷がわからないから、愛し方がわからない。
のかもしれないけれど。
置き去りにされたのは たぶんかんぜんにわたしだ。

故郷にすてられてゆく感覚に似てるってあなたは
いうけれど。
すてる故郷さえもたないひとは そんなときの
相づちの打ち方さえよくわからない。

さいごにふるさとに逢いに行ってくるっていった
クラクションの音が半音ずれたみたいになった
あの残響だけがわたしの耳にかすかに残ってる。

うぶすなという、地図のなかのどこかではなくて
じぶんのなかのうぶすなは、あなただったかもしれないって
おもうことが時々ある。

それはたいてい、あなたのいない時間を泳いでいるときが
だんぜん多いのだけれど。
遠くて近い、近くて遠い。遠い、遠い。
きっとわたしはあなたから生まれたような気がして。

       
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