その三三二

 

 






 







 



















 

よるべない 雲もちぎれて うつぶせの耳

からっぽのなかで、なにかがゆれてる。
さっきから、ゆめのように。
影のできない時間。まじっくあわー。
この時間がすきだと思いながら、もうすぐそれは
夜の闇へと移り変わってゆくことを思い描いて、
ほんのすこし倦んでゆく。

あのねってなにかを云おうかなって思って
やっぱり胸の中でのんでしまう。
屋上でねころびながら、空を見てる。
南にある大学の校舎の裏手で、いつも聞こえる
ニニ・ロッソ。

いつのまにか耳の中で、そのメロディーをすくって。
次の音を待つ。
なかなかたどりつかない、トランペットの音を
待ち続けているうちに、空がうっすらと、濃く
にじんでゆく。

いるのかいないのかふあんになってそっと触れて。
いつか授業で先生が云っていた言葉をぽつりぽつりと
思い出す。
<物体の輪郭はそのものに属するのではなくて、
それに接する他の物体の始まりである
ゆえに、絵の中には輪郭は存在しない>
byダヴィンチ。

絵の中じゃなくていまそばにいるひとの輪郭は
夜の空気の中にまぎれてしまいそうで、不安になる。
小さい頃、鹿児島の古い駅で蒸気機関車の蒸気に
まみれてしまったことがあって。
モクモクと、今までそこにいた親戚のおねえさんたちの
からだがすっとみえなくなって。
声だけはほがらかに聞こえて来るのに、輪郭がみえない。
あのときの置き去りにされたような気持ちがどこかに
しみついていて、思い出すとたちすくんでしまう。

ふいに闇につつまれると、あのときのことを
思い出して、よるべなさにつつまれる。

部屋についてからもコンクリートの冷たさを背中に
残したままで。
夜の窓のカーテンを開けると、思いがけずに流星が
斜めにおちてゆくのがみえる。
息を吸い込むときの速さでさっきみた流れ星のことを
ゆっくり思い出す。

きれいな出来事に遭遇したきもちになって、そのことを
そっと伝えたいなって思う。
いつかあなたが、教えてくれた小説のことがふいによぎる。

<ながれぼしをみたよ。きれいだったんだよとかたるひとの
そのことばだけがのこってゆく。
そのことばをおぼえておくひとのなかにのみ りゅうせいは
そんざいする>

その小説の中の流星のことを語ってくれたあなたの
ことばだけが、わたしのなかにずっと生きていて。
たまさか流星に出会うと、それはわたしがいつかきいた
あなたの教えてくれたお話の中の流星をみているような
まぼろしめいた気持ちになる。


       
TOP