その三三九

 

 

 






 







 





















 

せんねんの 祈りのように たどりつくため

ちいさくて白い五弁のはなびらのまんなかに
球状の黄色い核果がゆれるようにして咲く
イギリスでよく親しまれてるエルダーツリー。

マン島あたりでは、まよけとして玄関などに
植えられることが多いのだとか。

エルダーツリーの花が咲く頃、それは夏の
はじまりの合図で、その実のなる頃、それは
秋の訪れをしらせてくれるという言葉が
あるんですよ。

むかしむかし、シスターに英語を習っていた頃
でっぷりと太ったsr.オルバン先生に教えてもらった
記憶が、なぜかオリンピックの開会式の
エリザベス女王のスピーチを耳にしながら
思い出していた。

大阪の学校だったせいか、関西弁などのニュアンスで
喋る事をゆるされない環境にあった教室で、
どことなくその日本語だってたどたどしいと
思っていた頃に、同時で学び始めた英語。

オルバン先生は、にこりともしないような甘えを
ゆるさない表情をいつもしていた。
たまにおかしな発音などをすると、それは米語ですと
ぴしゃりとはねつけた。
スペルも同じなのに、英語と米語があることが不思議で、
いつもこばしりで先生の声を耳の中に刻んでしまいたいと、
もがいていたあの頃に、いまとなっては
すこしもどってみたいような気もする。

ある日オルバン先生は、いちまいの写真をみせてくれた。
イギリスの散歩道に咲いているかわいらしい小花の
エルダーツリーだった。

<花の咲く日を首を長くして待ちかねて>っていうとき
シスターが、ほんとうに首をながくしてみせて、
みんなの前で説明してくれたときのいつもとはちがう
たったいちどのチャーミングなみぶりてぶりが
今も目に焼き付いている。

教室のいちばんまえでその姿を見つめながら、
シスターの若かった頃が、二重写しのように
年老いた彼女のすぐそばで佇んでいる。
でも、それがどういう種類の感情なのかじぶんのなかでは、
あまり整理できなくて、すこしだけもやもやしながら、
シスターのゆっくりとした片言の日本語に耳を傾けていた。

<花が 咲いている 間 2週間 ほど>
その短い間に、エルダーフラワーの飲み物を作るのが
イギリスの人達にとっての楽しみのひとつなのだと
話してくれた。

それがどんな香りのするジュースだったんだろうと
気になってこの間調べてみたら、それは
エルダーフラワーコーディアル
というものらしく。
マスカットのような香りがすることがわかった。
冷えたグラスの中にみたされてゆくレモンやビネガーを
注いで、花の香りだけを水にうつしたジュースが、ビジュアルと
共に紹介されていた。

こういう飲み物と共にシスターのおさかなった時間が
育まれていたことに想いを馳せながら、たぶん
白い花びら特有の初夏にふさわしいすずしい香りに
包まれて、うっとりするような甘い時間をすごしていた
のかもしれないなって思った。

その日。
シスターの中の思い出のエルダーツリーの話は、とても
短く終わった。
そのせつな遠くを見つめていたような眼差しが厳かに
わたしたちのすぐ側までやってきて、今までのエピソードがなにも
なかったかのように、いつものあのシスターオルバンの
顔にもどっていた。

イギリスの長くて厳しい冬を迎えた時、とっておきの思い出として
つれてゆくために、ひとびとは愛らしいちいさな白い花の
飲み物や焼き菓子を作る。

エルダーフラワーは、短い夏をかけがえのないものとして
記憶しておくための、イギリス人にとっての暮らしに
欠かせない装置だったのかもしれない。

誰にとってもそういう、次の季節をいきぬくために
用意された時間の過ごし方ってものがあるのかも
しれないなって思いつつ、車窓からの映像を映し出した
イギリスの町並みをぼんやりと眺めていた。

       
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