その三四〇

 

 

 






 







 



















 

海原の 果てまでゆらり 雲が拾って

まだ西日のするどいアスファルトを
歩いていると、空のどこからか
街のアナウンスが風にのって聞こえてくる。

灰色のズボンと白の開襟シャツを着た
斜めがけにした黒い鞄をさげたとあるひとりの
おじいさんが、朝からずっと行方不明らしい。

どこの街でもそうなのかわからないけれど
わたしの住むここは、行方不明になって
しまったお年寄りの情報が街のスピーカーで
お知らせをしてくれる。

みしらぬとしおいたひとが、どこかで
みつかるといいなと思いながら、
また歩き始める。

海の匂いをひきつれた、風の香り。
その風の中にはたくさんのいろんなしらない
ひとの記憶や思い出がつまってるような
気がして、おもいきり深呼吸していいのか
どうなのかまよってしまう。

ふとじぶんとずっとみつからないおじいさんと
どこが違うんだろうという気になって。
どこかに辿り着くまではたぶん、さしてその
ぷろせすは、としおいたひとと変わらないのかも
しれないなっておもってしまう。

ときどき、なんとなく逃げたくなる願望が
からだのどこかに巣食っていて。
そんなアナウンスを聞いてしまったばかりに
失踪してしまったひとをうらやましいと思う事も
なくはないなんて、こころの奥の奥のほうの声まで
聞いてしまったみたいで、誰かに何かを見透かされた
みたいで、観念してしまいたくなる。

おおきなからだとやさしいこころと
天才的な頭脳を持った刑事を演じている
アメリカ俳優の台詞。

<夏の終わりには暖流がカリブ海の外来種を
運んでくる。
チョウチョウオやエンゼルフィッシュや・・・>

重要なせりふではないのに、なんだか運ばれてくる
もの漂うものに対して、反応してしまって、
いつまでも頭のすみから離れない。
それを聞いたのは冬だったから、これが夏の海だったら
って、まだ来ない季節をすこしだけおいかけたく
なっていた。
過去とちがって、その季節はまだあらわれていないので
どこも褪せていなくて、すこしまっさらな
色をしているような気がした。

その季節はことしもちゃんとやってきてくれて。
劇的なこともおこらないけれど、まわりのひとたちの
あたたかな手に助けられて。
どことなく静かな夏がつづいてくれたことが、
奇跡のような・・・。

散歩から帰った翌日。
カーテンがそよぐすきまからまたあのアナウンンスが
聞こえて来た。
きのういなくなっていたおじいさんがみつかったらしい。
みなさんご協力ありがとうございましたと、結ばれていた
その係の人の声はなんども風の中で重なりながら、
漂っていた。

おじいさんがすこしだけなくした夏の時間が、
おじいさんのなかで、すくすくと育って
たわわに実るといいなと思いつつ。

       
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