その四二四

 

 






 






 
























































 

満ちてゆく 月の真下を 流れる漠は

 ぱっとひらいたページに、いろんな職種のひとたちの、手帳が紹介されていた。
 あるグラフィックデザイナーの方の使っていらっしゃるものは、全長が7メートルもある、
蛇腹式で、そこに1年分の予定が記されている。
 空白のページには、アニマル柄のシールや手書きのラフスケッチみたいな紙も貼り付けてあって、おもしろい。
 
 上の段には毎日の予定を、下の段には同時進行しているプロジェクトの様子が書き込めるものらしい。
 ユニークな形のものをこういう職業の方はみつけるのがうまいんだなって思っていたらあまりにぴたりとするものがないので、ご自分と、スタッフのみなさんで作ってしまったらしい。
 それを聞いて、手帳を買いにゆくと知らない人たちがほんとうに真剣なまなざしで、手帳売り場をあちこちとめぐっていることに遭遇することが多いことを思い出した。

 そういう風景にであうたびに、ひとはみんな未来のことをちゃんと思いながら、暮らしているんだなって。次の年の手帳を選ぶっていうことはもうそこに未来があるってことなのかなって、思いながら、半ば焦るように手帳とにらめっこしているじぶんのことが滑稽に浮かんでくる。

 ある料理研究家の方のものも覗いてみた。
そこには必要最低限の言葉しか記されていない。
<脳を甘やかさないように、できるだけ頭に叩きこんでいるんです。脳にも手帳にも贅肉をつけないこと>その言葉を読んでいて、ちょっとまねできないけれど、こうして手帳はひとりひとりのからだのようにみんな違っているところが、なんだかいいなって思う。なによりもそのひとのだいじな核の部分があらわれているようで、こわいようなでもみたいような。
 ふとじぶんの手帳はみせられないけれど、誰のものなのかわからないぐらいに人の言葉で埋め尽くされていることに気づいて、もうなにか処方箋に近いのかもって、ちょっと薬が舌に残った時の苦さに触れた気分がしていた。

       
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