その四三四

 

 

 






 






 































































 

さるすべり むきだしの幹 のぼりゆく蟻

 電車の車窓から見えた、燃えるように揺れている百日紅。夏が夏である証のように、電柱ちかくのそばで揺れていた。

 中学の体育の時間。二人一組で逆立ちをするテストがあって。体育館の床を蹴って逆さになると相手の女の子がわたしの足首に手を添えて支えてくれる。
 たったそれだけのことなのに、わたしはいつまで経ってもそれだけのことができなかった。
 蹴る、蹴る。きゅっきゅっと鳴る床。わたしを見かねた
相手の女の子は、犬のおしっこの時ぐらいに上がった足首をあげてくれた。
 その女の子のブルマからみえる膝の向こう側に、体育館の扉が開いていて。百日紅の幹だけがみえて、いつもみたいにくれないの花を探そうとした時、わたしはバランスを失って体育館の床に崩れ落ちた。その女の子とわたしはわけもなく笑い転げた。

 世界はさかさまだと思うだけで、ちゃらにできそうなことへの希望をすこしだけ感じていた。
 海のそばで育ったらしい先生は、はるか遠くに海を感じるだけで、鼻先に潮の匂いがしてくるんだと云っていた。
 犬みたいだな先生はって思った。

 あれから風の便りで先生がなくなったことを知った。
 音もなく落ちてゆく時間をわたしはずっと見ている。
 砂時計は容赦なく、時間を刻む。
 あれからわたしはなんどもなんどもこの砂時計をひっくり返すたびに、女の子とお腹がよじれるほど笑い転げたことや逆立ちした時にみえなかった百日紅のことを思い出したりしている。

 ベランダから見上げる空には、ひとつだけ星が出ていた。
 先生がいなくなったさかさまの世界をかんじるためにわたしは、床を鳴らしてみた。

       
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