その四五六

 

 




 







 

























































 

雨の夜 誰かの胸に 抱かれる犬

 版画家の南桂子さんの作品集「ボヌール」は 折に触れて開きたくなる。
 淡い色彩の中に、ぽつんとあらわれる朱色に似た あかいいろ。
 それはおんなのこのスカートのすその柄だったり、 月だったり鳩だったり。
 おんなのこもそばにたたずむ犬もみんなどこか 所在なげなところが、すきだなって思う。
 
 どのページをめくっていても、それはいまではなくて かつての出来事のように見えてくる。
 その一枚の中に存在している木も鳥も傘の中の誰かも 犬も、教会までもがみんないまはいなくなってしまった もののようでせつなくなる。
 でもページをめくったあとも瞼のなかのどこかに残像 のように、腰かけている。
 南桂子さんがいつか綴った文章を巻末に掲載されて いた。
「遠い異国にいてときおりなつかしく思い出すのは、 こどもの頃のことです。荒涼とした冬の田畑の景色と 白い雪に反冬の陽光のことです」

 43歳から渡仏してその後28年間もパリで過ご されていたことからも、描かれるモチーフはきっと こどものころの記憶なのかなと想像してみる。
 異国という響きと、その作品が醸し出している くるおしいほどのなつかしさが相俟って、いろいろな 感情がぐるぐると駆け巡ってゆく。

 遠い場所から感じる日本は数少ない海外旅行でしか 経験したことはないけれど。
 きもちのずっと奥で、異国でくらしてみたい願望は すてきれないことが、まだ残っていることをうっすらと 知る。
それはいつも南さんの画集を開く度に、感じてしまう。

土を穿つ双葉のような思いだけが、すくすくと。
       
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