その四八七

 

 






 




 









































































 

猫たちの 春のくしゃみは らせんを描く

 それなりにやさしくて、それなりにくやしくて。
そんな1日を過ごした後では、なかなか気持ちがもとの場所へと戻ってこれない感じがして。
 いつまでも、誰かの放った言葉のせいで仕草のせいで、こころがゆれている。
 
なにげなく手帳を開く。
 去年買った手帳と同じシリーズのもので、書きやすさが気に入っているから、今年もそれにした。
 去年の手帳の表と裏の表紙は、アップルとパイナップルで。今年はそこに味をしめたのか、ハートとダイヤとスペードとクローバーだった。

ページのなかにじぶんがいるようで、いないのは、いつもそこには誰かの言葉が記されているからで。
 じぶんの手帳なのに、他人の言葉だけで埋め尽くされている。
 
2月12日。
<全ての本は、全体で一つの生き物みたいなところもあるから、触りやすいところから少しずつ撫でてゆくと仲良くなれると思います>という穂村弘さんのことばが綴られていた。
 本との付き合い方に悩んでいらっしゃる方へ回答されているものだった。
 なんとなくこの文章に触れたとき、猫がぶるぶるってするときみたいに、ざわざわした。
 ほんとうの生き物はどこか苦手なところがあるけれど、目や鼻や口や耳があるものじゃないものに、生き物を感じるってとても、好きだなって思ったのだ。
 
 無機質なものにいのちを吹き込むひとたちのように。
ことばも並んでいるだけでは、とてもよそよそしくて、扱いにくいものだけど。掌に乗った手渡されたちいさな生き物の体温を感じるように接してゆけば、なにか引き合うものになるのかもしれない。
 そんなことを思いつつ。
胸いっぱいの卒業、おめでとうございます。

       
TOP