その五三七

 

 






 






 


































































































 

息を継ぐ その息はどこに つながれてゆく?

 手を洗う。蛇口をひねる、とめる。夜のよる。
 暑かったなんてことを忘れてしまうぐらい、もう秋で。
これはこれで、嘘みたいだけど寂しがっているじぶんにすこし呆れる。
 だってあんなに嫌っていたのに、この夏のことを。
 気象のことばかりが気になって、なんかとても大事なことをやり忘れているような感じ。すきって感情はふいにいなくなってしまうのだ。
 そんなこと思っていたら夜の窓の外で秋の虫が鳴いてい
た。
 鈴の音のようなすずしげな声。
 なにげなく耳を傾けていたら、ふいに秋の虫たちが、息継ぎをしたみたいな間があって。
 そういうふしぎな切れ間を感じたのは初めてだったので、ちょっとだけへぇって思った。
ふと夜のはざまになにも聞こえない時間が訪れるのだ。
しーんのしーぐらいの間。
一匹ではないはずなので、いっせいに?
で、息継ぎかって思う。
 クロールがまだ泳げなかった頃、学校のプールに遊びに来ていたすてきなお姉さんに泳ぎを習った。「息継ぎしないとしんどくなっちゃうよ」ってプールサイドから澄んだ声がする。
 試しに息を継ぐと、すべてのうごきが止まってしまって、プールの底に足がついてしまう。息を継ぐと、すべてがだいなしになってしまうような気持ちに駆られていたあの夏を思い出す。
 単に身体がついていってなかっただけかもしれないけれど。
 
 それから時間がずいぶんたって。止まったらおしまいではないことをのちのち知る。アメリカのドラマとかで、誰かが誰かを落ち着かせる時に深呼吸して!
 <take a deep breath>って言うのを聞くたびに、観ているこっちも落ち着こうって思ったりして。
だからつまり、生きているといろんなことがあるし、息をしてゆくのもつらいことがあるけれど。だいすきな人はちゃんと息継ぎしてくれてるといいなって思う。あのいつの日かの秋の虫たちみたいに。

       
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