その五五三

 

 






 







 












 

床きざむ 年老いている ビートのことなど

さっきまで書けそうだと思ったことをいま、つかまえ
そこねて、迷った。迷ったのは今に始まったことじゃ
ないけど、ながく思いあぐねている。
今、座ってる場所は出窓の側で、ときおり、帰り道の
子供の声が聞こえてきたりする。

女の子が誰かに、ねぇ雨ってすきぃ?って聞いている。
聞かれた女の子の答えは、よく聞こえなかったけれど、
聞いた子がわたしはすきだよって。
たぶん、雨がすきってすごくいいたかったんだな。
だから問いかけてみたんだなって思ったら、おとなも、
そういうことよくしてる、みんな相似形なんだって思っ
て、ふらっとな気持ちになってゆく。

困ったからふたたびアンディに助けを求める。
<時>の章。
時間ってなんだろう、でもそれは思ったそばから過去
になってるねってところから始まるのだけれど。
お願い、ちゃんとはじまってはじまってって思いながら
ページをめくる。
こういうときの指先ってもうほとんど獲物を狙っている
に等しいのだ。
そうしたらアンディが、ほんとうにすこぶるフラットに
さらりとつぶやく。
<通りでの会話にも時間がある>って。
なんだろうと目で追うと<長い間、5年ぐらい会ってい
ない人にバッタリ会っても表面を保つ>って。
<ずーっとどうしてたのー?>なんていわないって。
そのことをアンディは自分で、<会ってびっくりしても
ビートを崩さない>っていう表現をしているのだけれど。
たぶん、訳もすてきなんだろうなって思いつつ、
<すべてまるで昨日のことのように振る舞う>って
しめられている。
無条件ですきだなって思う。ぜったい元気だった? 
とかってぶざまに反射的にいってしまう。
そんなに思ってなくても言ってるって、でも言うよね?
とかって思いながらやっぱりアンディはさすがって、
最高の比喩を探そうと思ったら、ちょっとふさわしい
言葉が、てんでみつからなかった。

そういえば9.11の後、もうこの世の終わりだと思った
わたしは一度だけある人の携帯に電話してしまったこと
があった。世の中が終わってしまう前に一度だけでいい
から声が聴きたかったのだ。きっとあの人は怒るかスルー
か、どっちかだよって思ってたら、わたしの名前をいつ
も呼んでいた呼び方で呼んでくれて、
<もう、あれからずっーとどうしていたの? いまはど
こにいるの? まだ大阪なの? ずっと気になってた>っ
て矢継ぎ早に問いかけてくれたことがあった。
あの思いがけないリアクションは、あれはあれでうれし
かった。そしてわだかまった時間が一瞬熱い紅茶の中で
溶けていったようなそんな錯覚に陥った。
時間ってはなはだ現実だけど、ときおり甘く淡くなるん
だなって、すこしだけまなんだ。

 

 

 

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