その五五七

 

 






 








 















 

触れられる 距離の近さに 深淵うかんで

馬車馬のように仕事に勤しむ人がいて、その人は、
ほんとうにぼくの人生はコンプレックスの連続だっ
たといつも嘆く。嘆く声を聴いたことはないけれど、
いつもそう彼は答えているのだ。雑誌とかいろいろ
な媒体に。

彼が言うそのコンプレックスとなっているらしいもの
をなんどもなぞってみる。
コンプレックスレフェリーみたいな人たちがいたとし
たら、もしかしたらそのラインからちっともはみだし
ていないのですよっていいそうなぐらい。

でもだからといって彼の作品を嫌いになることはなく
て、むしろ大好きで。その彼がいう所のれっとうかん
満載の文章などは、チャーミングで、うっかりおなじ
種類のひとかもしれないと、錯覚してしまうぐらい。
だから彼の文章を読んでいる時はたぶん、信じられな
いぐらいフラットに彼の領域に触れているんだけれど、
読み終わるとどっとなんていうかぽっかりと静寂。
油断してるとたちまち輪の中から追い出された気分に
なって、じぶんの感じてるコンプレックスのあれこれ
が浮き彫りになってしまうという仕組み。
だから彼の文章を読み時はひとりではなくてふたりで
読む。わたしの人生のややこしさを知ってくれてる人
と読むと、静寂のなかに笑いが混じってシンプルに楽
しめたるする術を最近おぼえた。

窓の外で風が鳴る。わたしの住む町は晴れていても、
たえず風が暴れていて、風が鳴いている。
ふと、じぶんの書き留めた手帳のページをめくってい
たら、<どこからが音楽か>という問いかけをしなが
ら<天空に葉音に波濤に向かう>太鼓奏者の男の人の
言葉に出逢う。<自然界に人間社会のあらゆる現象に
無限のリズム、無限の音楽が流れているように思う>
と。
それを目で追っているうちに、ちょっと反転した気分。
ひとりひとりはそれぞれのリズム体なのだと気づくと
じぶんのリズムで生きてゆきたいわ、っていう結論に
たどり着く。
パーカッションのリズムに身をゆだねていたら、いつ
までも終わらないでほしいと思う、原始的な幸福のさ
なかにいるような、あの感覚が甦って来た。

 

 

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