その五九五

 

 






 









 























 

ひたひたの 水になにもかも ひたしておもう

そうはいっても、わたし以外の他のみんなは
みんなうまくいかないといいつつ、わたしよりは
うまくいっているような気がして。
そういう感覚は、学校に通っていた頃からだし。
ずっと昔からだからもはや気にならないはずだったけれど。
なんかもやっとして、やっぱり晴れなくて。

とにかく、片付けてゆくのだ。と奮起する。
今日はここ、明日はあっちと。
頭の中で、片付いた部屋を想像する。
そんなわけでこの原稿も、八分ぐらい片付いた部屋で
書き始めているのだけれど。
びっくりする。あんなにとっちらかった部屋のまんなかで
創作したり、日記を綴ったりしていたのかと。
頭の中はそれなりにすっきりしていたから。
みたくないものをみないスキルだけは上がっていたのだな
と感心してみたり。

ただ。すっきりした、がらんどうのようなスペースを
前にしていると、なんにも浮かばないし。
ふたたび、あたりを散らかしてしまいたくなる。
もうちょっと、がやがやっとしておいて。
そんな気分がじわじわとにじりよってくるから。
すこしだけ、本を運び込んだり。最近CDにふたたび
はまっているので、気に入った一枚を置いたりする。
いま、あのずっと昔よりも、ずっとシカオさんの
「SMILE」が好きで。
それは懐かしいとかじゃなくて。すべての曲の詞も
メロディも今のことにしか思えないところに、
ただただびっくりしている。

この間、『白鯨』の一節と出会った。
「この地球上の空気は(略)それを吐き出して死んで
いった無数の人間の名状しがたい悲惨さがかもす瘴気に
よってひどく汚染されている」
3月3日の日記にいつのまにか記してあった。

さまざまな言葉を無防備のまま浴びてしまったせいで、
わたしじしんもかなりいじわるなパーツがあることを
発見してしまったし、傷ついてばかりいられないと、
殊更に相手を傷つけてしまったようなこと。あったと思う。
たいていむかしからすきなとある人の発言を読むと
かなりじぶんは、やさしいきもちをどこかに置き忘れてきた
にんげんのように思えてしまう、数か月だったような。
そういうときシカオさんの「Thank You」を聞くと
ユアサイド的な気持ちに寄り添う力が残っていたことを
かみしめていた。

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