その六一七

 

 





 





 


















 

また会える ログインすれば そこに居る君

今年は、はじまりの5月の終わりまでと
6月の初めから今までの間で何が個人的に
違うのかって言うと。

もちろんあの世界を駆け抜けていた病のことも
あるけれど。

強いて言えば、ログインしていなかった時間が
長かった上半期と、ログアウトしていた時間が
短かった下半期に分かれるような気がする。

あたらしいコミュニティを得たことの、心の
平穏さは過去とは比べ物にならないのだけれど。

ログインしていると、その中だけがリアルに思えて
来るときがある。

リアルかリアルでないかとか分けること自体
おかしいのかなって思うこともある。

オンラインの中でしか会えない人たちと心が健やか
に保たれているのならそれをリアルと数えてもいい
ような気がしている。

私自身こんな気持ちになるとは、予想だにしていな
かったけれど。

この間『ジオラマボーイ・パノラマガール』の映画評を
つらつらと読んでいた。

これは私が好きだった岡崎京子の人気漫画の実写版だ。

渋谷ハルコと神奈川ケンイチのなかなか出会えない二人の
恋物語。

昔この原作のマンガに夢中になっていた頃の。
コマの中の彼女と彼が、生き生きとまるでよく知って
いる誰かのように疾走していたことを思い出す。

コマの中からはみ出しそうな若い二人。
いつも不満げな口元、なげやりな背中。
躍動するって、過去の遺産なのかと思ったり。
それは年を重ねたからなのかと逡巡したり。

でもあの飛ぶように跳ねてゆくボーイとガールは、
わたしたちの夢でもあるように思える。

なにかを抑制するようにしか今生きられない時間を
生きているわたしたちは、この映画の中に救いを
求めているのかもしれない。

そしてふと思った。
彼らのすれ違いはまるでログインしていた時と
ログアウトしていた時の、心に一瞬差してゆく
影のようでもあると。

今年もうたたね日記をお読みいただきありがとうございました
皆様にとって残り僅かな今年が穏やかでありますように。
そして来年が健やかな一年となりますように。

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