その六五六

 

 






 







 






 

てのひらを ひらいてみせる こころほころぶ

なにも長続きのしない子供だったけど。

大人になってから長続きしたのは
書道かもしれない。

6年間通った。
その頃わたしは鬱のどん底で。
鬱の時ってなんか不思議で、
しんどければじっとしていればいいのに。

何もしないことに罪悪感を覚えるという感じで。

これはわたしだけの感覚かどうか、
わからないけれど。

知らない人にも会おうとする。
新しい場所にも行ってみようとする。
聞かない音楽のライブにも出かけようとする。
笑おうとする。

そうやって、6年間を費やした。
ほぼ通っている間は鬱だったのに。

書道教室の先生は、まるでわたしと真逆の
太陽から生まれてきたような、明るい
ひとだった。

わたしが初めて書いた字は、とてもちいさくて。
半紙の真ん中にぽつんと立っていた。

あの半紙のスペースも恐ろしくて、
所在なげに字を書いていた。

うっかり墨をこぼしたみたいな感じ。
先生が朱で書いてくれる字は、ほれぼれ
するほどのメリハリのついた字。
いつか、先生が教えてくれた生徒さんの言葉。
書くことを生業にしているある方の書初めの
言葉だった。

それは、てのひらをひらくという書。

てのひらをひらくって、いいなって思った。

そしてその時のわたしの頑ななじぶんと
そっと重ねた。

てのひらを閉じて、じっと殻の中で膝を抱えて
守ろうとしていた自分の姿が見えた気がした。

その時、なんとなくやってみたくて
グーのカタチからパーのカタチにしてみた。

一瞬だけど、なにかが開かれていく気がした。

いまも立ち止まりそうになると

あの仕草をしたくなることがある。

 



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