その六六〇

 

 





 







 






 

心のなか 鍵をかけた 鳥かごめいて

『あなたのための短歌集』のページをめくる。

お客さんから悩みやお題をもらった歌人の
木下龍也さんが、短歌を便箋に書いて封筒で
送るというもの。

これって、まさに言葉の贈り物そのものだ。
たとえば、

【お題】教室を生き抜くための短歌をください

このオーダーへの木下さんの返事は、

【短歌の返事】
「違いとは間違いじゃない窓ひとつひとつに別の青空がある」

こんな言葉をもっと学校時代に贈られたかった。
そうすればすこし、ちがうアングルで学校を
感じられたかもしれないって、目にした途端
そう思った。

【お題】
父の葬儀のときに、私が読んだ「おわかれの言葉」を添えました。
亡き父の思い出として、短歌をお願いします。

【短歌の返事】
「やや素直すぎた弔辞の感想をいつかひかりのなかで聞かせて」

やさしさに思いがけず指で触れて、
やさしいってこういう感触だったんだって
ことに気づく時に似ている。
そんな短歌にしびれてしまう。

【お題】生きたいと思う短歌をください

こんなオーダーが、もしわたしに来たら
なにも書けない。
のたうちまわっても書けないのに
木下さんはこんなふうに短歌に託す。

【短歌の返事】
「君という火種で燃えるべきつらくさみしい薪があるんだ、おいで」

言葉がたったひとりのひとにだけ、そこに
あるはずなのに。

問いかけなかったはずのわたしにまで届いて
いて、これが言葉というものなのだと知った。

言葉には鍵をかけておくことはできない。
鍵付きの鳥かごからいつもどこかに羽ばたき
たいと思っているものなのかもしれない。

卒業式のこんな季節に。
贈り物としての言葉を感じたい夜もあるなって
思った。



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