その六六四

 

 





 







 





 

若き日の 笑った顔が すぐそばにいる

夜のプラットフォームにいることさえ
居心地がいいと感じたそんな夜。

お昼頃のことを振り返って思い出す。
駅にはどこかの街からやってきた
修学旅行の学生さんたちが大勢いた。

彼らが、楽しそうに写真を撮っていた。
みんなピースサインをしていた。
若い子のピースサインって顔のちかくで
指の形をつくっていた。

そして、あ、わたしってピースサインを
したことないなって気が付いた。

もうずっと前、憧れの人と仕事をする
ことになって

わたしがその方の事務所に訪ねて
行った時。

ふたりで記念写真を撮りましょうと
いうことになった。

彼の事務所のとても無口な新人の男の
方がカメラを構えて撮ってくれた。

スマホとかない時代だった。
その時、隣りに座る憧れのひとが照れ
隠しみたいにピースサインをしてくれた。
ちいさな声で、いぇーいみたいな声が
聞こえた。

失礼ながら、ひゅんと可愛いって思った。
緊張しているわたしをほぐすかの
ように、ちょっとだけみんなに
聞こえるようにいえーいって
言ってくれたことがうれしかった。

いえーいもわたしは言ったことが
ないことに気づいて。
彼がしてくれた、その仕草はそんなに
嫌いじゃなくなった。

あれからも今もピースサインして
いないけれど。

そうか、今日は平和であることも
忘れているぐらい、ただただ時間が
時間のままに流れていたんだなって
気がついた。

会話に凪が訪れても、そこを
埋めようとお互いすることのない
ひととき。

雰囲気とはその空間のことじゃなくて
人が醸し出す空気がその部屋をまとう
からその空間に雰囲気ができあがるん
だと思う。



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