その六六五

 

 







 






 





 

ひそやかな 音符のむこう 空のむこうに

この間、友達と古都にある喫茶店で
お茶をしていた。

暮れなずむってこういう時間帯なんだなって
いうような。
陽が暮れてゆくことを惜しむような
そんな時間帯だった。

会話の凪がふたりに訪れて窓ガラスからの
夕焼けが、思いのほか美しかった。

なんでもスマホに撮りたくなるご時世だけど。
目の中に焼き付けた。

あの茜色の光の中にその喫茶店のフロアが
包まれていた時間を取り戻すかのように今、
思い出しながら書いている。

その時、わたしはこんなことがあったんだよって
話を彼女にしていた。

わたしにとっては、とりとめもない言葉として
受け止められるぐらいの言葉をある人からかけられた
話をしていた。

ある種の誤解のような形の出来事で。
人生の中に誤解なんて数えたらごまんと
紛れ込んでいるものだから。

わたしにとってその誤解は一笑に付す
ぐらいの出来事だと認識していた。

でも目の前にいる彼女は、すこし
言い難いような表情で、
その言葉わたしだったら言わないな、
黙って過ぎ去ると思うって言ってくれた。
彼女は同じ場面が訪れた時、その誤解に
対してなにも言わずに去ってくれる人
なんだなって、はっとした。

ちいさな傷が、たちまちかさぶたになって
ゆくような感じがした。

なにかを吐露したり、放ったりすることが
表現だと思いがちだけど。

吐露せず、放つことなく、じぶんのうちに
収めていることも、もうひとつの表現の
みえない形なんじゃないかと思った。

絵に例えたら、描かれている部分じゃなくて
画家が描けなかった、描かなかったぶぶんを
ふくめてその人なんだと。

言えなかった言葉も、今までたくさん抱えてきた
彼女の時間を思った。

そしてその雰囲気が、彼女の証なのだと
感じていた。

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