その五







 





 






 

とても乾いた色で塗り込められたどこかへと続く道。
建物は伸びやかに聳えているのに、よそよそしさと共に
あるのは人々の気配すらも希薄にみえる町並み。
そして風の匂いも見当たらないのに
ただ1本の旗だけが、生きているもののように
たなびいていた。
そんな不思議なキリコの絵をときおり見ていたくなるのだが、
勇気あるひとりの男のひとは少しだけそこに棲んでしまうことを
あつく決心する。

まぼろしのように眺めているだけではひっこみが
つかなくなって、 絵の中に棲みついてしまう男のひと。
そんな物語りのような話をいつか聞いたことがある。
いつもは絵の中にしか存在しなかった世界をすみずみまで
味わいたくて彼はその町の郵便配達夫になってしまう。
自転車でどんな路地にも迷い込んで、かつてあの絵の中に
感じることのなかった風の匂いに気づく至福。
男のひとはもうすでに現実のひとではなくて、永遠に
迷路のなかに紛れてゆく。

わたしはだいすきな人への手紙の宛名を書き終えると
いつもキリコの絵の男のひとのはなしを少しだけ思い出す。
一瞬のつたなすぎるぐらいの思いをとじこめて、
封をするとき まだ訪れたことのない地図の上で眠っていた架空の町が
いまそこにたしかにあるようにいきいきと息を吹き返すように
感じてしまうのだ。
そんな刹那の味を占めてしまったときから、きっとわたしは
あの絵の中の男のひとと同じ思いの中に棲んでしまって
いるのかもしれない。

       
TOP