その六





 







 







 

彼はいつだってわたしのようなおんなのひとでも
うっかりひそかに自信をもちそうになってしまうほど
ほめたたえるのが上手なひとだ。
わたしの好きな写真家と最愛の奥さんの結婚記念日は
ちょっとろまんてぃっくな七夕だった。
もうそう聞いただけでたくさんの毒を思いがけず
飲んでしまったときのように、せつなくなる。
<別れてもいちねんに一度は逢おうね>
そんな意味にくるまれた結婚記念日。
やっぱり彼は写真機だけでなくおんなの人を殺せるほどの
ことばの武器を持っているひとなんだとつくづく思う。

揺れる短冊にどんな願いごとを書いてみたのか
なにひとつおぼえていないのだけれど。
いちねんにいちどわたしは遠く南の町に住むおじーちゃんに
逢いにゆくのがだいすきだった。
どんな願いごとをしたのか必ずおじーちゃんは聞く。
好きな男の子はできたかとか、 恋がなにかも知らない
ちいさなわたしにうれしそうに尋ねるのだ。
かならずその問いかけをわたしに放つことが
夏の祖父のくちぐせみたいになっていた。
わたしが10歳のとき、おじーちゃんは死んだ。
それからしばらくしてわたしは叶えられないたったひとつの
願いごとばかりを夢見ていた。

七月七日。織姫は彦星よりも三時間はやくきて待っているのだと
星の図鑑に書いてあった。
待つ時間をこころゆくまで楽しんで、邂逅して そして沈むときはおんなじに。
おとなになって誰よりもつよく好きになっているじぶんに気がついたとき、
ひとは際限なく待つことで育まれる大切さを覚えてゆくのだと思う。
そしてもうひとつ胸がしめつけられるように欲してしまう思い
それは、<じぶんよりさきにおしまいにしないでね>・・・。
10歳のあの夏の日からずっと忘れていた気持。
風まかせに漂っている笹の葉に託すたったひとつの願いごとを
今の今はじめてわたしはまっすぐに綴ることができる
そんな気がしている。

       
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