その七







 






 






 

いちどだけわたしは大きなアメリカン型のバイクの
タンデムシートに乗っかったことがある。
ちゃんと真夜中のハイウェイを、ふたりで走った。
イージーライダーよろしくいっぱいむかしの歌詞が
思い出されるような一晩だけのツーリングだった。
どこにゆくというわけではなく、
わたしたちは会社帰りだったので彼女の家まで
そのでっかいバイクを足にすることにした。

彼女はあんまり人をのっけたことないから
緊張するよと笑って、いやめっちゃ緊張するわ〜と
おばちゃんのように大阪弁であたしに云った。
ひとつだけ後ろに乗るための約束事があるから
それだけは守ってね、と
大きなメットをかぶりながら云った。
ただなんも考えずに座っといてくれたらええから。
コーナーをいくつかまわるかもしれへんけど
そのまんまでいとってな。
彼女の言い付けはとても簡単そうだったけど
なにもしないでそこにいることはちょっと
初心者には難しそうな注文だった。

彼女がこよなく大好きだったのは笠知衆と、もちろんバイクと
大貫妙子のうただった。
ゆいいつわたしたちふたりででかけたのは
大貫妙子のコンサートを最前列でみたことだ。
わたしがちょっとがんばってぴあに電話しまくったせいで
ふたりはすてきに眺めのいいせきが手に入った。
ふたりはその日とても静かだった。
おいしすぎるものの前で無口になるようにあたたかにしんしんとしていた。
潮風の混じるこの町に越してくる前わたしは彼女に
さよならを云わずに猫とふたり新幹線に乗った。
破れたGパンや、いつもインクでよごれたそのちっちゃな指や
わたしのバイクの後ろの席の座り方、誰も乗っけてへんみたいで
めちゃめちゃ上手やんとほめてくれた
あの日の彼女の背中がとてつもなくいまは懐かしい。

       
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