その三一







 






 







 

ささやきを わずかにさらって くらませてゆく

ふっと宙にてのひらを差し出してそのひとは
空を見上げていました。
なにかを受け止めようとしているような
そのかたちをわたしはじっとみていました。

すこしだけ風が髪をゆらし
読みかけていた雑誌のページを走らせ
ジャムパンのビニル袋がアスファルトを踊りました。

まだそのひとはおなじすがたでなにかを
待っているみたいにてのひらを空と地面のあいだに
置いたままです。

こういうときに話しかけてはいけないのだと
じっとしていたらそのひとは
すこし笑っててのひらを閉じました。

あたまのてっぺんに冷たいものを感じて
わたしはそのひとが雨の気配の観測人であることを
知りました。

まだ触れたことのないそのひとのてのひらに
落ちるつめたいはじまりの雫。
そっと握りしめていた拳のなかにとじこめて。

雲と空のさかいめがわからなくなるぐらい
にじんでまざりあう時。
生まれたての雨の匂いが傘のないふたりを
つつんでゆきました。

       
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