その三九







 






 











 

指さして 星を数える どしゃぶりの夜           

ずっと住み慣れた街を離れてしまうと  
そこはとてつもなく懐かしい場所へと  
変わってしまうんだろうなと想っていた。  

どことなくセンチメンタルで  
うわっぁとかたちにならない質量の感嘆符に  
うち負かされてしまうような。  

でもなにひとつ変わりなく  
その場所は消えずにそこにあり  
わたしがそこに訪れたことにも気づかないふりで  
いてくれた。  

季節はめぐりたとえやるせない思いに囲まれている  
日々を送ろうとも、そこは昔の顔でそのままでいた。
 いつでも帰っていけそうなぐらいに・・・。  

二年前の七夕。  
その日がいちにち終わる翌日には  
猫と手荷物とで東に向かう新幹線に飛び乗った日のことを、
あたらしい街で思い出していた。  

とりあえず片道切符なんだなと想うと  
どこかに忘れ物をしてきてしまったような  
思いにひどく駆られていた。  
そしてトンネルの中の車窓に映る  
ゆがんでぴんぼけみたいなじぶんの顔も  
ちょっと情けないぐらいに  
不安でうろたえていた。  

わたしは人にはもちろんのこと  
街にも人見知りするほど  
居心地の悪さに敏感になってしまう癖がある。  
でもそこは確実に違った。  
すこし前に訪れたことのある  
潮の湿った香りが風に運ばれてくるあたらしい街。  
ここはわたしのひとめぼれだった。  

はじめからよそよそしくなかったせいで  
それがひとめぼれと感じるまでに時間がかかってしまうぐらい  
わたしに馴染みのいい街だった。  

そんな惚れた弱味の街でなんとか暮らしていますと  
5月のとある日ふいに報告にいったら  
昔の街は、相槌うつのもめんどくさそうにふーんといったまま、  
そんなことでいちいち帰ってこないようにと  
釘をさす風情で、そしらぬ顔でそこにいた。  

昔の街はフェイントをかけてきたのだ。  
どんなくしゃくしゃな思いで帰ってきても  

センチメンタルな気持にはさせないってぐらいに、  
拍子抜けするぐらい期待をこずるく裏切ってくれた。  

そういう慰め方もあるのかというぐらいに  
わかりにくいやさしさでわたしに差し向けた。  

そしてつよく想った。  
年をもう少し重ねてうっかりわたしがいつか死んだとしても  
あの街はぜったい死んじゃいかんと想った。  

理由はひとりっきりで考えてほしい。  

聞こえてないふりしてるかも知れない  
昔の街へひとりごちたくなった  
そんな七夕の夜でした。

       
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