その四七






 







 













 

濡れている 電信柱 水晶のように

たくさんのビデオテープがいつのまにか
溜まってしまっていた。
ブルーやオレンジやグリーンの
半透明をした色のものばかりが
ビデオデッキの上に積み重なっている。

タイトルがまだ白紙のままの背のものばかりのなかから
わたしはひとつだけのコトバや表情を探すために
気の遠くなるような作業をしなければならない。

シンケイスイジャクよりもむつかしく
ヒャクニンイッシュよりは、まぐれあたりが
ありそうなそんな頼り無い勘だけで
手当たり次第にビデオを巻き戻してゆく。

おいしそうな色をしたちいさな丘が
わたしの側にちらばっている。
でもそれはどれもこれもわたしにとっての
デザートにもなってくれない代物なのだ、いまのところ。

早送りされた景色は、無機的に流れてゆき
人の顔はみんな笑っているようにせわしなく
表情を踊らせている。
こうしてたくさんの日付けのわからないままの時間を
進めたり遅らせたりしていると
もう探し物はみつからないような気持がしてくる。

あきらめかけたころ、わたしはわたしのせいにする。
きっと、いつものうっかりで上から無造作に
なにか違うものを録画してしまったのかもしれない、
あきらめようと。

でも指がリモコンのボタンをなにげなく押さえたとき
うそのように探したかった場面にわたしは出会えた。

ひょんな再会。
はじめてそのブラウン管の中のそのコトバに
出会ったときよりも、改まった気持で耳を傾けてみる。
はじめましてとあいさつするような気持に近いのかもしれない。

そのひとの口から発せられるとすてきに聞こえるコトバという
ものがある。
聞いたあとでかすかな勇気が湧くような。
わたしはそのひとのなにげないそのコトバを探していたのだ。

真夜中誰もが寝静まったころ、夢中になってする
作業じゃないのもわかっている。

とりだされたそこにある声と表情とコトバがどうして
そんなに大事なんだろうと呆れ返ったりもする。

もしかすると遠いむかしおなじコトバを祖父の膝の上で
聞いたような記憶がずっと忘れられない
そんな邂逅に似た感情のせいなのかもしれない。  

シールになるべくきれいにみえるような字でタイトルを書くと、
たくさんのからまっていた糸が
一瞬にしてほどけたように安心していた。
そしてわたしはどろんと眠たくなっていた。

       
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