その五十






 






 














 

ことばには ならないことば ゆるくにじんで 

ピンポンをしているときの
あの、深緑色の台にあたるちいさな白球の
音はなんとなく心地いいから好きです。

ある日、私は体育館で卓球をしていました。
体操着ではなくて普段着で。
学校の授業でも何度かしたことがあったので
懐かしかったです。

手にあたる木のがさがさした柄の部分や
ラバーの匂い。
匂いが懐かしいと途端に痛くなります。
ほんのすこし痛くて、でもわたしは
そういう感傷を乗り越えて今、目の前の人と
ピンポンをしました。

サーブはあなたからと言われて
わたしの白い球は緊張したまま弧を描きます。
おかしくなるほどゆっくりと高い弧を描いて
ようやくあなたに届く頃、白い球は情けないぐらい
乾いたコツンという音を立てました。

あなたから届く球はすこし速いのですが
それは本来のあなたのスピードではなくて
わたしがおろおろしないように、ずいぶん
さまざまなギアチェンジを試みていることに
気づきます。

わたしはコツンであなたはコツンのンは
ないぐらいのスピードでラリーは続きます。

こちらからの音が届くまでの速さはあいかわらず
スローだったとき
わたしはふと気づいたのです。

まるくて遠い。
そんな弧の背の高さは
きょうのあなたとわたしをつなぐ
ふたりの距離に似ているなぁと。

あともう少しだけしたら帰りましょうと
言ったつかのま、あなたは
ちょっと本来のスタイルに近い白い球を
わたしに素早く返してきました。

コツンのコツの音も聞きとれなかったのに
もうわたしの側にあっというまに届いていました。
焦りました、
こういうのをびびるっていう感情なのだということを
こんなシチュエーションでまたひとつ学んでしまいました。

深緑の台の前でなす術も無く
あなたのリズムに追いつけない
鼓動の速さに戸惑いながら。
そういうピンポンはこころなしかずるいと思いつつも
ゲームはいつでもずるいの込みだよ、それも戦略と
言われたことを思いだしてました。

あの時いきなり届いた白い球は
今もわたしのコートのポケットの中で
眠っています。

次の試合が明日でも百年先でも。

それまでなくさないように、
そしてまぎれないように、
大事にしまっておきたいです。

       
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