その五十八




 







 












 

夢で見た ペリカンみたいに あなたと歩く
 
気がつくと、へっどふぉんがぼろぼろに
なっていた。

耳から音が微量でも分散されてゆくのが嫌で
わたしは知らず知らずのうちに
それを押し付けて聞く癖がある。

音の届き方が足りないと
耳がじんじんするほど両手で押し付けるのだ。

だからたぶん消耗もはやかったのだと思う。

みすぼらしい感じに破れてしまった
へっどふぉんについている
ふたつのぽっこりとした半球のまるみを
わたしは見ていた。

ここを通してわたしの耳に
ありとあらゆる、でもかなり偏った音や声が
通り過ぎていった、夥しい音色を思った。

音も声も聞き漏らさずにいたいという
このこころの状態っていったいなんだったんだろう。

へっどふぉんの外側が仮にほんとうの世界だとすると
へっどふぉんの内側に漂うちょっと虚のただよう
そんな一瞬が好きだったのかもしれない。

いまは、音を耳の中だけでなく
まるごと空気に曝している。

妙な感覚だけれどちょっと新鮮な感じがする。

音楽を閉じ込めていない分、
気持よいと感じる成分の上澄みだけが
ぽつんぽつんと大気中に雲のように浮かんでいる
そんなイメージなのだ。

いちばん耳が聞きたがっていそうな曲を
部屋にすこやかに放つ時
わたしはとびきりこころがほどけそうになってゆく。

       
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