その六二






 





 






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

目をとじて ねぇかみさまと ねじれた声で    

今日あたりあの場所に行きたいなぁと
ちぎり絵のような雲をみながら、わたしは
ページをひらいていた。

ひとりで散歩することの好きだった詩人の
「天気」という詩。

たった三行なのにそのまんなかの
<何人か戸口にて誰かとささやく>と
刻まれた一行からすこし身動きができなくなる。

そこに展開されようとしている世界の
ざわざわした手触りが心地いいのかおそろしいのかさえ
わからなくなるそんな感じ。

<何人>にはルビが打たれている。

なんぴと。

そうなんぴとというこのささやかな音にわたしは
くらくらしているのだ。

黙読のままだからまだ声にはしていないけれど
これをもし好みの声の男の人が音にして
発してしまったら
なにかずっと封印していたものが
たちまち解かれたような感じに聞こえるかもしれない。

詩を読んでつまずくことは数えきれないのだが
今日わたしはなんだかあたらしいつまずきを
憶えてしまったみたいだ。

遠くからいつもこの詩人の名は
眺めていた。
その人への思いをいろんな人達が
口にする度に眩しいなぁと思いつつ眺めていたのだ。

まだひもとくにははやいからあともう少ししたら読もう
あともう少しと思っているうちに
気がつくとこんなに日々を重ねてしまった。

天気のいい今日。
イギリス仕込みのジェントルマンだったという
詩人の散歩におそるおそるつき合ってみた。

同じ景色を歩幅の違う人と歩いてゆく。
初めは早歩きしていたのに
やがて小走り気味になり
そしてこの詩でわたしはそこに立ち止まる。
その人をみると振り返ることもなく
ずっとずっと先に歩いている。
わたしは景色に溶けていってしまう
詩人という輪郭をなにかのゆらめきのように
ぼんやりとみている。

まんまとおいてきぼりをくらったのだ。
それでもわたしは懲りずにまた
こうしてひもとく気がしている。

こんな天気のいい空の下にいるときをみつけて。

       
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