その六四





 







 


















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

酔ったまま こころしずかに 咲きみだれてる 

十二年前ぐらいのCDを
こういう文章を綴る時に聴いてばかりいる。

この曲は弾けてていい!と思って
いつかあわてて伝えようと
Supriseって人の
CrystalWatersって曲がいいよ!と
云ったら、その人は冷たくそれ「逆」と言い放った。

わたしは曲と歌手名をさかさまに声にしていたことに
気づいた。

まちがってしまったのはその歌い手の声が少しだけ
関係していたかもしれない。
投げやりでいて、根性すわったような声は
わたしにとってはどっちかっていうと
Supriseって感じだったのだ。

名前の由来はもっともわたしが知りたい方面の
話だったりする。
ついこの間、じぶんの生い立ちを思いださなければ
いけないことがあって、記憶を遡らせていた。

わたしの名前は、遠くで暮らしている祖父が母と
相談しながらつけてくれた。

たくさんある候補の中から母は、
なぜか花の名前ばかりを列ねた。

梨花やさくらや茉莉などを気ままに紙に書き終えてから
でもいちばんつけたい名前はほんとうは
その3つの中には無いと母は云った。

いちばん彼女がつけたかったらしいのは
芙蓉という名前だった。

祖父は梨花もさくらも茉莉も賛成はしなかったのだが
もっとも異議を唱えたのがこの芙蓉という名だった。

母の理由は「呼びやすくて音がかわいい」から。
という根拠のなさだったのだが。
祖父の理由は「いちにちばな」だったから。

夕方咲いても朝にはしぼんでしまういのちの短い
花の名なんかはだめだ。

祖父が怒ったようにそう云ったのを今でも
思いだすと母は云う。

芙蓉の花のことは、
<初秋に淡い紅色の5弁の花がひらく。
でもいちにちでしおれてしまう>。と
今読みかけている俳句の対談集で知った。

偶然みつけたそのページの枠外の注釈に出会って
わたしは祖父のことをとても愛おしく感じた。

ありがとうを存分に伝えることができずに
祖父はなくなってしまったけど、今さらだけど
わたしはありがとうが云いたかったのだ。

でもどこかで祖父の怒る目線や口調を想像しながらも。
芙蓉という名前にも、こっそりと親近感を覚えている。

祖父がつよく拒まなければ芙蓉だったわたしも
いたと思うと、
もうひとつの別のじんせいが
あったみたいで
なんとなくたのしげだ。

ちょうど、わたしの住む隣町には
芙蓉の花で有名なお寺があるらしい。

秋のかかりにでもそこに訪れてみたいなあと
花冷えのする段葛のさくらをみあげながら
わたしは思っていた。

       
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