その六七







 






 
















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終点に たどり着けずに いのちが灯る 

庭に咲いていたブラックティーという名の
薔薇が今日の夜、母とふたりの食卓に
飾られた。

臙脂色のグラデーションの花びらが
ちょっと夥しいぐらい折り重なっている。

鼻先をちかづけてゆくと
昔飲んだことのあるピーチジュースみたいな
匂いがする。

缶ジュースの冷たい唇の感触と
金属のような味。
そこに甘ったるさがまじりこんで
好きなのか嫌いなのかわからないのに
好きだったピーチジュースを思いだしていた。

本のページのあちこちにはさんである
栞みたいに、匂いはこころにじかに響いてくる
思いをふいに運んでくる。

その時、5分ほどの短い情報番組から流れてきた
とてもゆったりとした曲に耳を塞がれた。

母の好きなハリー・ベラフォンテが歌う
『try to remember』というタイトルの曲だった。

たとえ歌詞がなくてもなにかを思いだしている
ようなそんな音の並びが突き刺さってきて
ふと母を見ると
何かを思いだしている時の彼女の顔がそこにあって
わたしは、なんだかせつなくていたい感じに
覆われていた。

そういうときわたしはいつも彼女を笑わせたくなる。

そしてその夜もじぶんの失敗を織りまぜながら
彼女を静かな闇から明るい場所へと
誘ってしまった。

でも少しだけ反省している。

多少なりとも苦さをともなった景色が苦手なばっかりに
先回りして、笑える方向へとハンドルを切っしまう
わたしのやり方に。
母の想い出を噛みしめる時間を奪ってしまったみたいで
おとな気なかったのかもしれない、と。

テーブルの上に活けられたあの二本の薔薇は
そんなわたしを窘めているそんな風情で、
湿った空気のあわいにふたたび匂いを滑り込ませていた。

       
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