その六九








 






 















 

いまなんじ? あの声はだれ? 零れるチャイム  

茶色い木目の薄いテーブルの上には
殻になった落花生がいくつも
転がっている。

編み目模様の欠片があちこちに
弾けたままで
小鳥が食事した後のような
散らかりかただ。

壁に掛けてある鏡には
間接照明に照らされた部屋が乱反射して
べっ甲飴色に似た光が映り込んでいる。

この部屋には多分誰も居ない。

誰もが出かけてしまったあとの
ような感じがする。

いまわたしが訪れているのは
19年も前に愛読していた雑誌の92ページ。

誰もいない部屋にはシロヌキで
詩が綴られている。

<何もかもいっぺんにわかってきたのだった>

そう綴られたたくさんのなかの一行に
目が止まる。

少し前に繙いていたときもここが好きだなぁと
思っていたのに
いまはもっと好きになっている気がする。

詩の中の主人公の男の人が、じぶんが暮らしてきた
時間を積み重ねながらふとなにかを突然に
わかったのだと<あなた>に云う。

ただそれだけの詩なのに
わたしの中ではこの部屋のあかりのように
ぼんやりと思いの輪郭がにじんでくるのだ。

なにをわかったのかはわたしにはわからない。

でもこの部屋のテーブルの上に残された
落花生の殻をみてわたしが少しだけわかったのは
たぶんこの男の人は
落花生を齧っている途中で
<なにもかもがいっぺんにわかったのだ>
ということと、

そして片付けることさえもどかしくって
<あなた>に伝えに行ったのだろうなという
そんな、部屋に残された空気とえとせとらだけだ。

からっぽの部屋にさっきまでいたような
人の気配が濃く漂っている一葉の写真が
なぜだか、六月の今日に限って
わたしをちりちりと刺してきた。

       
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