その八四
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ぼくたちは いまうつむいて 声をこぼして 真夜中に伊予柑を食べた。 こっそり厚い皮を剥いて、なるべく 静かに口に運んだ。 一房ずつ指で離してゆくと ひんやりとした袋の内側に たっぷりと滴るものを 携えていることがわかる。 果物はちょっと博打なのだ。 皮を剥かないと欲しいものに ありつけなかったりする。 重さや色つやを店頭で確かめるけど やっぱり限界があって いつもそんないちかばちかを 楽しんでる。 そう言う意味で、今夜のは正解だった。 喉を潤してくれるのに十分なほど みずみずしい伊予柑だった。 ひととおり食べ終えてから歪によっつに わかれた皮を捨てようと思った時 きらきらとひかるラベルに気づいた。 ちいさい青白い光りの下で見る ひし形のそのシールには 平仮名と漢字で構成された伊予柑の名前らしき ものが 記されていた。 <蜜る> みつる? あぁ男の子だったんだ今さっきのはと思ったら なんかわけもなくせつなくなってきた。 果物に名前がつくとその擬人格というか キャラが決定されてゆくようで、 さびしさをとおりこしてすこしだけ こさびしくなる。 そして今し方の彼?を導火線にしながらふと でこぽこのユーモラスなかたちの蜜柑を わたしの目の前で器用に剥いて とてもおいしそうに たべていた人のことを思いだす。 つぎに果物屋に行く時はなんとなく <でこぽん>を眺めながら また<蜜る>くんにも会いにいってしまうんだろうなぁと 思いつつ。 まいったなぁ、 こういうちくちくする真夜中すぎは このままどこへ溶けてゆくんだろう。 |
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