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お
も
む
ろ
に
か
れ
を
打
つ
ね
こ
足
音
消
し
て
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みゅーんと あくびしたまま 聖域ぬけて
天井の低い屋根を持ったちいさな部屋。
頭をぶつけないようにね、と促されてひとりの男の人が入って行った場所は、隠れ家にぴったりの居心地のよさそうな部屋。
背の低そうな屋根の外観よりも、なかは広々としていて、開放感がある空間。
色とりどりの敷物が、ワンフロアを分けるように敷かれていて、主のでっぷりと太った男の人がテーブルの前にほほえみながら座っている。
その人はイギリスの猫の研究家らしく。
いろんな家で飼われている猫たちが、家を出てから散歩しているときにどんなルートでさすらっているのかを、その家族に映像にしてお知らせする仕事をしている人だった。
ある家の猫(♀)は、エサを食べてからすぐに隣のいえの塀伝いにゆっくりと歩くと、公園にたどりつく。
公園の彼女は、原っぱの真ん中にゆくと足を揃えて座る。
座った後は三百六十度をみわたすようにして少し首を空に
近づける仕草をする。
その後で、お尻をきゅっとあげて猫の伸びのポーズをなぜかシーソーの側でして、その合間に草の匂いを確かめたりしながら、ゆっくりと毛繕いをする。
でもその行為をふいにやめると、なにかをみつけたかのように突如走り出す。
公園をひたすら抜けて、民家へと辿り着く。
そこには別の家の猫(♂)がいるらしく、彼が近寄って
くるや否や、おもむろに受け入れるふぜいを醸し出しながらそのオス猫にパンチを喰らわせて、彼をその場から追い出してしまった。
そんな最中。さっきの太った研究家の人はなにをしているかというと。
ひたすら、じぶんを消す作業にいそしんでいた。
公園にいるときも、決して被写体の猫と眼はあわせないし、なにも関わっていないふりをして、GPSを操作する。
背を低くして、草原に近い場所に身体を預けながらも決して彼女の行方を見逃さない。
みないふりしてすべてをみるすべをそのひとは身につけているらしかった。
出かける迄の時間が余ったのでぼんやりと見始めた猫の日のイギリス猫特集だったけれど。
かつて飼っていた猫のあのするりと腕の中からぬけていく感触を思い出しては、温かくて懐かしい気持ちになりながら見入っていた。
猫のすべて。それにとりつかれてしまったにんげんのあいだに流れている、なにものにも代え難い感情がそこかしこにあふれていて、ふしぎな気持ちになる。
聞き分けのなさに翻弄されながらも、その聞き分けのなさをいつまでも持ち続けてほしいと願っているじぶんがいたり。
猫をカメラに捉えるために、じぶんの存在をできうるかぎり消してみようと試みる人の滑稽さをみて、まぎれもない輪郭をあらわにした人間がそこにいるなって感じたりして。
猫を飼っている家庭には、たいてい拵えられている出入り自由のあの猫専用入り口のちいさなドア。
あのドアが猫とその家を隔てるスラッシュのよう。
でてゆくためにくぐり、はいってゆくためにふたたびくぐる。
あのドアがある限り、ねこのじゆうは確保されていると思うと、あのちいさなドアがとてつもなく大きく開かれた世界の入り口にみえてきて、安堵するような困惑するような思いに駆られる。
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