その三六三

 

 

 






 







 


























 

きざきざに 錆び付いた鉄 傷の匂いして

 みなもと。「The source」と題された篠田桃紅さんの抽象画の作品を、目にした。
 濃淡も太さも違うスクエアな墨色が直線と直線として垂直に出会って。
 縦に異なる物が触れたあと、薄墨が横へと伸びてゆく。

 よく、自分以上のものは作れないという言葉をきくけれど、篠田さんはそこを貫くように断言する。
<自分以上のものを作ろうとする欲もあるわけ>と。

 年を重ねたじぶんと同性の物を作っている人達のことばには時折ふれて、耳も眼もノックダウンしてしまうような体験をすることがあるけれど。
 そのなかのひとりが篠田桃紅さんかもしれない。

 篠田さんの抽象画をじっとみていると、そこには時間軸も自分の生まれて来た背景も、女子であることさえも、すっと消えてゆくような気がする。

 とじこめられていた酸素不足のいきものがとたんに空気をもとめて、広い場所へと旅立つようなそんな、とけてゆくいまを感じる。

 インタビューで、作品の題名について語っていらっしゃった。
<抽象とは形を探るものです。見る人の想像力を狭めるから題名はなるべく付けないほうが良い」とおっしゃっていて。
 <形を探る>という言葉に惹かれた。

 形をさぐってゆくと、きっと次元からも解き放たれた地図にもない場所を旅しているような気分に誘われそうだった。
 そこはただの楽園でもないし、地獄でもないけれどそれでもそのうらがわには、くるしみとよろこびが表裏一体となって、ひろがっているのかなとたどたどしく思い描いていた。

 <言葉に沿った作品をつくろうと思ったことは、ありません>ときっぱりいさぎよい篠田さんが、つけたタイトルが、冒頭の「The Source」だった。

 かたちにふれて、かたちをもとめていった先にあるのは、そのかたちの最終地点ではなくて、かたちがかたになるまえの<みなもと>になってゆくのかもしれないと、ぼんやりゆれている頭で思いめぐらしてみる。

 すてきな題名だと思う。
 白寿を迎えた篠田桃紅さんの初めての抽象画のタイトルが、<みなもと>で、そのことを今振り返られていることを、ただただいいなと思う。
 直線的な作品なのに、ここにひとつの円環を描いているそのあんびばれんすな感じが面白くて、もっともっと作品に触れたいと思う、梅雨の晴れ間だった。



       
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